弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-不更新条項付きの契約書を示された時の対応(第三の方法)

1.雇止め法理

 有期労働契約は、期間の満了により終了するのが原則です。

 しかし、契約期間の満了時に、契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認めらなければ、使用者が労働者を雇止めにすることはできません(労働契約法19条2号参照)。

 こうしたルールを意識してか、有期契約の労働者が契約を更新する時に、使用者側から不更新条項(次は更新しない)の付された労働契約書を示されることがあります。

 目先の雇用確保を優先して、不更新条項付きの労働契約書にサインしてしまうと、次回更新時に、そのことは必ず問題になります。具体的に言うと、使用者側は、

「不更新条項に納得してサインしたのだから、契約が更新されることへの期待は消失したはずだ。」

ということを言ってきます。

 他方、契約更新に向けた合理的期待を維持するため、不更新条項付きの労働契約書にサインしないと、その時点で雇止めを受ける可能性が濃厚です。もちろん、裁判をして勝訴すれば、雇用は維持されます。しかし、客観的合理性があるか、社会通念上相当といえるかという規範は抽象度が高く、裁判の結果を予想することは、必ずしも容易ではありません。

 このように、不更新条項付きの契約書を示された時、労働者側は、

① 後日の争いやすさよりも目先の雇用維持を優先して取り敢えずサインするか、

② 目先の雇用維持よりも、雇止めの争いやすさを優先して、今勝負をかけるか、

の二者択一の難しい意思決定を迫られることになります。

 しかし、近時公刊された判例集に、第三の対応方法を示唆する裁判例が掲載されていました。東京地判令2.10.1労働判例ジャーナル107-34 日本通運事件です。

2.日本通運事件

 本件は有期労働契約者に対する雇止めの可否が争われた事件です。

 雇止めを受けた有期労働契約者である原告は、その効力を争い、地位確認等を求める訴訟を提起しました。しかし、雇止めを受ける前、原告の方は、不更新条項付きの契約書にサインしていました。本件では、このことが、雇止めの可否を判断するにあたり、どのように影響するのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のような考え方を示しました。

(裁判所の判断)

「労働契約5及び6の契約書には更新限度条項が、労働契約7及び8の契約書には不更新条項がそれぞれ設けられている(・・・以下、これらの条項を『不更新条項等』という。)。原告は、不更新条項等は、公序良俗に反して無効となると主張するが、強行法規によって与えられた権利を事後に放棄することは一般的には可能であり、雇用継続の期待が発生した場合にこれを放棄することを禁止すべき根拠はなく、採用できない。そのように解すると、本件においては、不更新条項等に対する同意の効果として、契約書作成時点で原告が雇用継続の合理的期待を抱いていたとしても、原告がこれを放棄したことになるのではないか問題となる(被告の主張もこれと同趣旨のものと解される。)。」

「しかし、本件のように契約書に不更新条項等が記載され、これに対する同意が更新の条件となっている場合には、労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者が不更新条項を含む契約書に署名押印する行為は、労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問があり、契約更新時において労働者が置かれた前記の状況を考慮すれば、不更新条項等を含む契約書に署名押印する行為があることをもって、直ちに不更新条項等に対する承諾があり、合理的期待の放棄がされたと認めるべきではない。労働者が置かれた前記の状況からすれば、前記行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁(山梨県民信用組合事件)参照)、労働者により更新に対する合理的な期待の放棄がされたと認めるべきである。

本件では、労働契約5の締結時に、不更新条項等が初めて契約書に記載されたが、労働契約5及び6の締結時、被告の管理職が、原告に対し、被告運用基準の存在や不更新条項等の法的効果について説明したことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告は、労働契約7の締結の際、管理職に対し、不更新条項等について異議を留めるメールを送っている・・・。そうすると、労働契約5から8までの不更新条項等の契約書に署名押印する行為が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が、客観的に存在するとはいえない。

したがって、仮に原告の雇用継続の期待が合理的であるといえる場合であっても、原告が、労働契約5から8までの契約書に署名押印したことをもって、その合理的期待を放棄したと認めることはできない。

「また、当該有期労働契約期間満了前に使用者が更新年数の上限を一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないから、不更新条項等の存在をもって直ちに労契法19条2号の該当性が否定されることにはならない。」

「このようなことから、労働契約6から8までの不更新条項等の存在は、原告の雇用継続の期待の合理性を判断するための事情の一つにとどまるというべきである。」

3.第三の方法-サインした後、異議があることを通知する

 以上のように述べながらも、本件は、結論として、雇止めの有効性を認めています。

 しかし、不更新条項付きの労働契約書にサインすることの意義について、上述のような規範を示したことは、かなり画期的なことです。この裁判例の判示事項に準拠すれば、不更新条項付きの労働契約書にサインしてしまったとしても、直ちに何等かの方法で異議を伝えることにより、合理的期待を保存することが可能になります。

 今後は、使用者から不更新条項付きの労働契約書を突き付けられた場合、目先の雇用を確保するため、サインには応じるものの、直ちに異議を通知しておくという方法も、選択肢の一つになり得ることを、留意しておく必要があります。