弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

美容師の施術していない時間帯の労働時間性

1.手待時間(労働時間)か休憩時間か

 作業に従事していなかったとしても、使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならないなど、労働者に自由利用が保障されていない時間は、休憩時間ではなく手待時間(労働時間)になります(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕64頁参照)。

 休憩時間か手待時間かの判断は、実務的には職業運転手(ドライバー)の待機時間をどのように評価するのかという脈絡で問題になることが多くみられます(同文献同頁参照)。

 逆に言うと、ドライバーの待機時間以外で問題になる裁判例は限定されているのですが、近時公刊された判例集に、美容師の施術していない時間帯の労働時間性が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令2.9.17労働経済判例速報2435-21 ルーチェ事件です。これは、以前、別の判例集に掲載された時に、下記の記事でご紹介した裁判例と同じ事件です。

退職者への行き過ぎた慰留に不法行為該当性が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.ルーチェ事件

 本件で被告になったのは、美容院の経営及びコンサルタント等を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役(被告P2)です。

 原告になったのは、被告会社で勤務していた美容師の女性です。被告会社を退職した後、残業代を請求するとともに、パワーハラスメントを受けたことにより人格権を侵害されたと主張して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 美容師業は、一人の客に何人もの美容師が付きっきりになるといった業態ではありません。被告では完全予約制が採用されていて、客の多くが予約客であったこともあり、来客がない時間など、実際に業務をしていない時間が相当数ありました。本件では、これを労働時間と評価するのか、休憩時間と評価するのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、基本的には労働時間に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告会社の休憩時間に関する主張は、要するに、顧客の本件各店舗への来店状況(予約状況)及びカット等の施術の補助業務に要する時間に基づいて原告の作業時間を推定し、当該作業時間を除く時間の大部分の時間が休憩時間であるというものである。」

「この点、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、P3店における客の多くは被告P2による施術の予約客であり、原告を含む各従業員の主たる業務は、被告P2による施術の補助業務(カットの場合はシャンプーや髪を乾かすブロー)のほか、タオル等の洗濯や清掃等の業務であったが、1人の客に対する施術の補助業務は同時に複数の人数でする必要はなかったこと、原告が担当していたパソコンに関する業務は頻繁にあったわけではなかったことが認められる。そして、P3店では、原告のほかに3名の従業員がいたこと・・・に照らすと、少なくとも来客がない時間には原告が実際に業務をしていない時間が相当程度あったことが推認される。また、P4店における原告の業務量がP3店におけるそれよりも多かったと認めるに足りる証拠はない。」

しかしながら、本件各店舗では完全予約制が採用されているところ・・・、当日予約も受け付けており・・・、来客の有無にかかわらず営業終了まで継続して開店し、かつ少なくとも客からの予約の電話等があり得る状態であったことが推認されることに照らすと、営業時間中に原告が業務をしていない時間があったとしても、直ちに労働からの解放が保障されていたとみることはできない。

「このことに関し、被告P2は、来客がない時間は従業員がそれぞれ自由に過ごすことを許しており従業員は自由に休憩を取得していたなどの旨供述等・・・するが、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件各店舗では、従業員間の取り決めで、それぞれ交代で1人ずつ順番に20分の休憩を取得し、1回目の休憩を『1番』、2回目の休憩を『2番』と呼称していたこと、被告P2は上記取り決めに関与していないことが認められるのであり、来客がない時間に自由に休憩を取得することが許されているというのに、従業員が自発的に上記のような取り決めをして休憩を取得していたというのは不自然である。また、被告P2の上記供述等を裏付ける的確な証拠はない。」

「なお、P13の陳述書・・・中には、原告はP3店の営業時間中にP3店の向かいにある『NEHANTOKYO』に来店して買物をしたり、原告がP3店の客を見送った後などに『NEHANTOKYO』の従業員と目が合った際に短いときで数分、長いときで15分から20分程度雑談をしたりしていたとの記載部分があるが、原告が『NEHANTOKYO』で買物をしたとしても交代での休憩時間中であった可能性を否定することができないし、客を見送った後などに原告が雑談をしたことがあったとしても直ちに労働からの解放が保障されていたといえるものではない。また、原告が営業時間中に自らのスマートフォンから『LINE』のメッセージを送信したことがあるとしても・・・、直ちに労働からの解放が保障されていたといえるものではない。したがって、これらの証拠等は、被告P2の上記供述等を裏付けるものではない。」

「したがって、被告P2の上記供述等は直ちに採用することができず、原告の勤務日のうち来客がない時間帯の大部分において労働からの解放が保障されていたと認めることはできない。」

3.労働時間管理が行われていないことも少なくないが・・・

 個人的に見聞きする範囲内で言うと、自己実現系の職業であるためか、美容師の方の中には、文句を言うこともなく、信じられないほど長い時間、業務(労働時間性の微妙な技術研鑽の時間を含む)に従事している人が珍しくありません。そうした構造があるためか、使用者側での労働時間管理は、おざなりになりがちな傾向があるように思われます。

 本件も労働時間管理が適切になされていない事案でしたが、本腰を入れて残業代を請求すれば、それなりにまとまった金額になることも、少なくないと思います。待遇に疑問を感じている方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談ください。