弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

形だけ労働契約書があっても労働者ではないとされた例

1.家族経営の法人・給与名目での金銭の交付

 家族経営の法人や会社では、身内を役員や従業員にして、役員報酬や賃金の名目で金銭を支給している例が、しばしば見受けられます。家族関係が円満なときはいいのですが、ひとたび関係が険悪になると、法人や会社を巻き込んだ労使紛争にまで発展することがあります。

 解雇は、客観的合理的理由、社会通念上の相当性がある場合にしか認められません(労働契約法16条)。そのため、金銭を支給するのに労働契約の枠組みが使われている場合、従業員側の親族の方の中には「そう簡単に解雇されることはないはずだ」と思い込んでいる方が少なくありません。

 しかし、会社側が必ずしも解雇の可否を争点にしてくるとは限りません。労働者ではないという主張をしてくることもあります。労働者ではないという主張をされた場合、就労実体がなければ、会社との間で労働契約書を交わしていたとしても、労働者性が否定され、解雇規制による保護を受けられないことがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令4.3.30労働判例ジャーナル128-40医療法人社団友久会事件も、そうした事例の一つです。

2.医療法人社団友久会事件

 本件で被告になったのは、診療所を経営していた医療法人です。

 原告になったのは、被告の元理事長(C)の妻です。被告との間で労働契約を締結していたところ、平成30年10月をもって解雇されたところ、同解雇は無効であるとして、地位確認や未払賃金を請求したのが本件です。

 本件では原告と被告との間で 次のような労働契約書兼労働条件通知書が交わされていました。

ア 契約期間

平成28年1月11日から平成29年1月10日まで

イ 就業場所

池下レディースクリニック東雲

ウ 従事すべき業務内容

医療事務

エ 始業、終業の時刻等

(ア)始業・終業の時刻

   始業時刻  8時30分
   終業時刻 17時30分

(イ)休憩時間

60分。ただし、業務の都合上、就業時間・休憩時間を変更する場合がある。

オ 賃金

年齢給  15万円

勤続給  7000円

職務手当 2万円(事務)

職能手当 118万3000円

役付手当 6万円(事務長)

住宅手当 13万円

定額残業手当 20万円(毎月15時間の定額残業代)

月額合計:132万円+住宅手当13万円+定額残業手当20万円

カ 支払方法

毎月10日締め、当月27日払

 原告は、平成19年頃、被告との間で有期労働契約を締結し、これを毎年更新し続けてきたと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約書の効力を否定しました。結論としても労働者性を否定し、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告との間で別紙1の内容の労働契約を締結したと主張し、その陳述書・・・及び本人尋問においてもこれに沿う供述をするが、これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。なお、Eが陳述書・・・及び別件訴訟における本人尋問・・・において原告と同様の供述をしているが、Eは、原告の姉であり、被告に対し本件と同様の請求をしている別件訴訟の原告でもある上、Eの供述を裏付けるに足りる客観的な証拠もないことに照らすと、原告の主張や供述を裏付けるに足りる信用性のある証拠とは認められない。」

「また、前記前提事実・・・のとおり、原告と被告は、『労働契約書兼労働条件通知書』と題する本件契約書を交わしているが、同契約書の『賃金』欄記載の金額は別紙1の3記載の賃金の額と概ね一致するものの、『就業場所』欄記載の就業場所も、『従事すべき業務内容』欄記載の業務内容も、『始業、就業の時刻、休憩時間、所定時間外労働の有無に関する事項』欄に記載された始業・終業の時刻等や休憩時間も、原告が締結したと主張する労働契約の内容(別紙1記載の内容)と全く異なっている・・・。原告も自認するとおり、原告は、本件契約書に『就業場所』として記載された池下レディースクリニック東雲において医療事務に従事したことは一度もなく、また、後述するとおり、原告がそれ以外のものであっても被告の業務に従事していたとは認められないことに照らすと、本件契約書が原告と被告が労働契約を締結するに当たって作成したものであるとも、両者間で締結した労働契約の内容を確認するために作成したものであるとも認めることはできない。

「なお、被告から原告に対し本件契約書の『賃金』欄記載の金額とほぼ一致する金額が被告の給与名目で支払われていたことに照らすと、本件契約書は、被告が原告に支払っていた金員について、何らかの目的で対外的に給与であることを示すなどのために作成したものと推認される。

3.契約書に対応する就労実体が重要

 幾ら労働契約書を交わしていたとしても、契約書に対応する労働者としての就労実体がないと、労働法上の保護が受けられないことがあります。本件のような裁判例もあるため、同族会社から金銭の支給を受けている方は注意が必要です。