1.残業代請求と昼食の時間
残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたり、休憩をとる暇もなく朝から夜まで働いていたという主張をすることがあります。
個人的な実務経験の範囲で言うと、この種の主張が通ることは、あまりありません。昼食をとることはできていたはずだという理屈で、殆どのケースにおいて一定の休憩時間が認定されます(過去1件、昼食をとる習慣のない方の残業代請求をしたことがありましたが、この時は大意「休みなく、そんなに長時間働くのは不可能である。どこかのタイミングで休んでいたはずだ。」という理屈のもと、一定の休憩時間が認定されました)。
しかし、近時公刊された判例集に、昼食をとっていた時間を含めて労働時間性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。
2.ホテルステーショングループ事件
本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の所定労働時間は、
午前10時~午後5時(うち45分間休憩)
とされ、タイムカードで労働時間管理がされていました。
本件の原告は、
「原告を含むルーム係は、被告から、客が退室したら直ちに客室清掃に着手するよう指示されており、始業から終業までの間は、常に業務に携われる状態であるよう指示されていた。昼食も作業の合間をぬって短時間で済ませていた。したがって、始業から終業までの間で原告が労働から解放されていた時間はなく、休憩時間はなかった。」
と休憩時間の不存在を主張しました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、休憩時間とされていた時間帯の労働時間性を認めました。
(裁判所の判断)
「原告らルーム係は、出勤してから退勤するまでの間は、客室清掃などの作業を行っている時間以外は、原則としてルーム係の控室で待機しており、フロント係から客が退室したとの連絡を受けると、当該客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、ルーム係の控室からフロント係のモニターで客の在室状況などが確認できるため、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて自身らで必要があると判断すれば、客室清掃を行うなどしていた。原告は、そのような作業の手が空いた時間を見計らって、持参した弁当で昼食をとるようにしていた。」
(中略)
「原告を含むルーム係は、午前10時から午後5時までの所定就業時間内は、上記・・・のような業務の実態であったのであり、客室清掃の実作業に従事していない時間は存在したものと認められる。しかし、実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきであり、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえないと解するのが相当である(最高裁平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁、最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。」
「原告においては、ルーム係として客室清掃等の業務を行うことが労働契約上定められた業務であるところ、その業務を行う態様としては、被告からの包括的な指揮命令に基づいて、フロント係からの連絡で客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて必要があると自身らが判断すれば、客室清掃を行うといった状況であった。そうすると、原告は、所定就業時間内においては、実作業に従事していない時間であっても、状況に応じてこれらの業務に取り掛からなければならない可能性がある状態に置かれていたというべきであり、その結果、原則的にルーム係控室に常に在室することを余儀なくされていたものと認められる。そうすると、労働契約上の形式的な45分間の休憩時間や実際に昼食をとっていた時間を含めて、所定就業時間内は、原告には労働契約上の役務の提供が義務付けられていたというべきであり、労働からの解放が保障されていたとはいえない。したがって、所定就業時間内は、全て労基法上の労働時間に当たるものと認められる。」
「被告は、早番の従業員には正午から(時短勤務の時期は午後1時から)45分間の昼食休憩を取らせていたと主張する。しかし、所定労働時間中の勤務実態についての原告の供述は、入社以降の経緯を含めて詳細であること、不規則な客の入退室があり得るというラブホテルの特殊性に照らすと合理的であること、隔日勤務従業員の休憩時間につき労働基準監督署からの指導があったこと(被告本人p11)からすると、その他の従業員の労務管理も同程度のものであろうとの推認が働くことなどからすれば、信用することができる。」
「確かに、遊軍と呼ばれる従業員が日中も各店舗の客室清掃などを行っていたという事実は認められる。しかし、上記・・・と同様に、遊軍の人数は過小で、七番館に固定的に派遣されていた事情もないことに加え、原告には遊軍を呼ぶかどうかの判断権限はなかったのであるから、遊軍の存在を考慮に入れたとしても、原告がルーム係控室にて待機しておかざるを得ない状況であったことに変わりはないというべきである。」
3.取り掛からなければならない可能性がある状態の立証
本件はルーム係控室に在室していることを余儀なくされていたとして、実際に昼食をとっていた時間も含め、労働時間性が認められると判示しました。
自由に食事をとりに行っていたというのではなく、缶詰になっていて、特定の部屋で食事をとらざるを得なかったという状況にあったことが、実際に昼食をとっていた時間も含めて労働時間性が認められた要因になっているように思われます。
昼食時間の壁を突破した裁判例として、立証活動上の参考になります。