弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取締役に対し退職慰労金を支給しない株主総会決議を強引に成立させたことが違法だとされた例

1.取締役の報酬に関する問題

 労働事件の近縁種として取締役等の会社役員からの相談があります。

 同じく働くことに関する相談とはいっても、労働者と取締役とでは立場が相当に異なっています。

 労働者と会社との関係は労働契約で規律されるのに対し、取締役と会社との関係は委任契約で規律されます(会社法330条参照)。このことは両者の法的地位に様々な差異を生じさせています。

 例えば、労働者を解雇するには客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要であり、幾ら金銭を支払ったところで無効な解雇が有効になることはありません(労働契約法16条参照)。対して、取締役の解任に理由はいりません。会社は株主総会決議によっていつでも取締役を解任することができます。取締役は解任されること自体に文句は言えず、正当な理由がない解任である場合に損害賠償を請求することができるにすぎません(会社法339条参照)。

 また、労働者の場合、基本的に合意によることなく労働条件を不利益に変更することは禁止されています(労働契約法9条参照)。労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、外形的に同意した事実が存在していていも、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しないとして、同意の効力が否定されることもあります。他方、取締役の報酬は、基本的には株主総会決議によって定められます(会社法361条)。退職慰労金規程があっても、株主総会決議を得ることができなければ、基本的には退職金が支給されることはありません。

 このように、同じく会社のために働いているといっても、取締役の救済には困難なことが多いのですが、近時公刊された判例集に、株主総会で取締役の退職慰労金の不支給を決議したことが違法だと判示された裁判例が掲載されていました。広島高判令5.11.17労働判例ジャーナル145-24 山口放送事件です。取締役の保護に資する裁判例としてご紹介させて頂きます。

2.山口放送事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、被告(被控訴人)の取締役であった方です。取締役を退任した際、株主総会において自分に退職慰労金を支給する旨の議案が否決されたことが違法であるとして、退職慰労金相当額1890万円に弁護士費用を加算した金額の損害賠償請求を行いました。この請求を原審が棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 裁判所は、次のおとり述べて一審判決を破棄し、原告控訴人の請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「会社法361条1項は、退職慰労金を含む取締役の報酬等の額等を定款又は株主総会の決議によって定めるとしているから、株主総会において退職慰労金支給に関する議案が否決されて、退職慰労金が支給されない結果となったとしても、それが株主の自主的な判断に基づいてされたものである限り、原則としてこれを違法ということはできない。」

「もっとも、会社と取締役との間の任用契約には、通常、定款や会社法の規定に従い、定められた報酬を支払う旨の明示又は黙示の特約が含まれていると解されるし、会社が退職慰労金の算出方法について規程を定め、株主総会で退職慰労金の支給決議がされたときの金額が明確になっている場合には、退任取締役の退職慰労金支給を受けられるとの期待は、法律上保護に値する利益に当たるものと解される。」

「そうすると、株主総会において退職慰労金支給に関する議案が否決された場合には、具体的な退職慰労金の支払請求権は発生しないというほかないが、退任取締役に対する従前の退職慰労金支給の状況、今回不支給とされた理由、その相当性ないし合理性、不支給決議がされた際の審議の状況など当該決議に至った経緯、株主や会社関係者の意図等の諸事情を総合し、退職慰労金の不支給決議が退任取締役の法律上保護される利益を違法に侵害したものと認められる特段の事情があるときは、不法行為が成立するものとして、損害賠償を求めることができると解すべきである。

(中略)

「以上の認定判断を総合すると、控訴人がCM放送に関する不正の問題を指摘し、本件告発に及んだことが取締役としての忠実義務ないし善管注意義務に違反するとは評価できないにもかかわらず、被控訴人らは、控訴人の指摘を無視して調査することもなく、控訴人に対する事情聴取や弁明の機会も設けず、本件告発を忠実義務に反するものと一方的に断定し、本件株主総会で実質的な審議をすることを敢えてせず、被控訴人らが大多数の議決権を事実上行使できる状況を利用して、強引に本件決議を成立させたものというほかなく、その一連の対応は、本件告発への報復ないし制裁というべきであって、控訴人の退職金慰労金支給に関する法律上保護される期待を違法に侵害し、不法行為を構成するものと解さざるを得ない。そして、被控訴人Cは、被控訴人会社の代表取締役会長で、本件株主総会の議長でもあり、被控訴人会社の一連の対応の方針決定及び実行で主要な役割を果たした者であると認められる。」

「以上によれば、被控訴人Cは民法709条に基づき、被控訴人会社は会社法350条に基づき、控訴人に対して損害賠償責任を負うというべきである。」

(中略)

「本件規程によれば、控訴人が退職慰労金として支給される予定であった金額は1890万円であり・・・、同額が控訴人の損害であると認められる。そして、本件訴訟の内容及び認容額等に照らすと、被控訴人らの不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は189万円とするのが相当である。」

「よって、被控訴人C及び被控訴人会社は、控訴人に対し、連帯して2079万円の支払義務がある。」

3.退職慰労金の不支給に損害賠償を請求する道が開かれた

 冒頭で述べたとおり、ベースとなる法律関係が異なるため、取締役の方から退職慰労金の不支給についての相談を受けても、消極的な回答をせざるを得ませんでした。

 本件裁判例が課している退職慰労金を支給しない株主総会決議が違法となる要件にしても、ハードルが高いことは否定できません。しかし、強引かつ不公正は退職慰労金不支給決議に対し、裁判所が、損害賠償を請求できる余地を認め、実際に損害賠償請求を認めたことは注目に値します。

 不公正な手法で退職慰労金の支給に対する期待を裏切られた取締役の方は、この裁判例に準拠して退職慰労金相当額の損害賠償請求訴訟の提起を検討してみても良いかも知れません。