弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員に対する懲戒処分-成績評価資料の提出を求められ、架空の課題を作出することの問題点

1.大学教員に認められる成績評価を行う権限

 大学当局から成績評価資料の提出を求められ、架空の課題を作出し、虚偽の内容の資料を提出したというと、不適切だと考える方は少なくないのではないかと思います。

 しかし、学生の成績評価を行う権限は、基本的には当該科目を担当している大学教員に帰属しています。成績評価自体は公正に行われてている場合、事後的に虚偽の内容の資料を提出しようが、そのようなことは大した問題ではないという理解が成り立つ余地はないのでしょうか? 昨日ご紹介した、横浜地判令6.2.8労働判例ジャーナル145-10 国立大学法人横浜国立大学事件は、この問題を考えるにあたっても参考になります。

2.国立大学法人横浜国立大学事件

 本件で被告になったのは、横浜国立大学を運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、教授として勤務していた方です。入試不正や課題捏造などに係る成績不正を理由として懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 課題捏造との関係でいうと、本件の被告は、次のとおり懲戒事由を主張しました。

(被告の主張)

「Advertisement Art(以下「本件科目〔3〕」という。)」

「原告は、令和元年度後期に開講した本件科目〔3〕について、令和2年3月4日までに成績評価を提出した。その後、同月10日、被告から成績評価の根拠資料の提出を求められたものの、本件科目〔3〕の成績評価をシラバスに沿った内容で行った事実がなかったことから、既に提出済みの最終判定の結果を変更しない形で被告に報告する方法を考え、成績評価基準を変更し、課題提出の点数の比重を変え、他の受講生の作成した課題を受講生の提出課題として捏造することにより、恣意的な成績評価を根拠のある成績評価であるかのような外観を作出し、同月23日付け及び同年4月1日付けで成績評価資料を提出した。その際、複数のアシスタント学生に課題捏造作業に加担させた。」

「被告では、成績評価方針を統一し、シラバスにおいて成績評価基準を公表していたのであるから、原告に認められた裁量はシラバスにおいて学生に示した成績評価基準内に限定される。課題を提出していないにもかかわらず提出扱いにすることは教員に与えられる成績評価に関する裁量の範囲外である。」

「大学の成績評価は、学生の進級要件、学位取得要件、卒業要件といった大学教育の根幹を成すものである。また、大学内にとどまらず、奨学金の申請要件、奨学金の返還免除要件にも関わり、大学を卒業した後の就職、留学、転職等の際に利用される大学発行の卒業証明書や成績証明書の基礎となるものである。そのため、成績評価及び単位認定が適正になされることが社会的に要請される。」

「原告の行為は、大学教育の根幹を成す単位認定に関して被告の信頼性に疑問を生じさせるものであって、被告の信用を傷付け、被告において不名誉となる行為であるとともに、成績評価者としての責任を欠き、不誠実かつ不公正な職務遂行であるため、就業規則41条及び43条に違反する。」

 これに対し、原告は、

「原告は、恒常的に過剰な勤務をする状況にあり、抑うつ症状にあったところ、成績評価の根拠に関して理不尽な問合せを受け、苦肉の策として学生の不利益を回避するため、事実と異なる成績資料を提出し、軽率な対応をしてしまったにすぎない。成績評価に不正行為があったものではな(い)」

などと主張し、懲戒事由への該当性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由への該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件科目〔3〕は、シラバスでは、非常勤講師であるP4が担当教員とされていた。P4は、英語を話せなかったため、原告は、本件科目〔3〕では、通訳等をして授業を補助していた。」

「本件科目〔3〕では、受講生は、毎回の授業において、制作した作品等を課題として提出した。提出された課題は大量にあるため、一時的に保管された後、返却や処分がされた。P4は、学生から提出された課題を採点し、P7などのアシスタント学生はP4が採点した結果をデータ入力する作業をし、P4は、採点のデータをドロップボックスを通じて原告と共有し、原告に集計を依頼していた。」

「原告は、自己の業務の全般を補助する学生をアシスタントと称し、アシスタント学生は、授業の運営の補助や課題の集計などをしていた。令和元年度に経営学部経営学科に在籍していたP10(以下「P10」という。)も、アシスタント学生であった。」

「本件科目〔1〕(Multicultural Conference 括弧内筆者)は、教育実習に当たる授業であり、高学年の学生が講師役となり、生徒役の学生が講師役の学生の授業を受けることになっていた。そして、生徒役の学生が提出した課題は、講師役の学生が採点して、生徒役の学生に返却していた。」

「被告においては、授業における成績評価の基準を全学で統一し、シラバスにおいて成績評価の基準表が学生に示されることとされていた・・・。」

「P4は、令和元年度後期において、シラバス・・・には、成績評価基準を

『成績点[%]=(課題の評価平均[%])×(クラス発表の評価平均[%])×(最終試験・最終レポート・最終発表の評価平均[%])×(出席率[%])(脚注)0.9+(クラス貢献-最大10[%])』

と記載していたが、この方法によると、課題点やテスト点が良くても出席率が悪い受講生や、出席率が100%であっても課題点やテスト点が悪い受講生は、高得点が得られないことになった。実際に、同学期の受講生の中には、意欲や実力があっても、病欠や他の授業との重複から出席率が悪いために高い評価を得られない者も出ることになった。P4は、本件科目〔3〕は、創造性や伝達力が推奨・評価される授業であり、課題を理解して取り組む姿勢が重要な評価基準となるが、シラバスに記載した成績評価基準ではこれが反映されないこと、同年度の本件科目〔3〕は、他授業との調整が不十分なことや、新型コロナウイルス感染症拡大の中で、出席率が悪い受講生が増加したことから、成績評価基準から出席率を外すことを考えた。そして、令和2年2月12日の受講生による発表会が行われた後に、原告に確認した上で、出席率の成績への影響が小さくなるように、成績評価基準を

『(課題評価の平均点[%])×(定期考査点[%])×(クラス貢献・日常評価 最大10[%])』に変更した。そしてP4は、同月、原告に対し、上記変更後の成績評価基準に基づき、令和元年度後期の成績評価を提出した。」

「アシスタント学生であるP10は、学生から提出された課題の集計を行い、令和2年1月下旬から同年2月上旬にかけて、被告に報告するため、原告が学生ごとに10点刻みで読み上げた成績評価をシステムに入力する作業を行った・・・。」

「原告は、令和元年度後期の本件科目〔3〕について、同年3月4日までに最終判定に基づく評点等を教育企画課に提出した・・・。」

「YCCS(YOKOHAMA クリエイティブ・シティ・スタディーズ特別プログラム 括弧内筆者)に所属する学生は、令和2年2月26日付けで、被告の人権委員会委員長に対し、原告について救済措置の申出をし、原告は職権を濫用しており、学生は、原告により繰り返されるハラスメントに悩み苦しんできており、授業において適正な評価をしてもらうこと、卒業論文について原告以外の指導教員に教わることなどを求めた・・・。」

「国際戦略推進機構長であるP3は、人権委員会からの要請を受け、令和2年3月10日、原告に対し、本件科目〔1〕、本件科目〔2〕(World Legal Systems&Management Philosophy 括弧内筆者)及び本件科目〔3〕について成績判定関連資料を提出するように連絡した。これを受けて、原告は、P3に対し、同月25日、本件科目〔3〕について、成績評価資料に関する書面・・・を提出した。原告は、同書面に、令和元年度後期の本件科目〔3〕について、シラバスの内容のとおりの授業の概要、成績評価基準を記載したが、具体的な成績評価には、課題提出回数と期末テストの評価を用い、出席率をどのように反映させたのかは明らかでない計算式(シラバスに記載した成績評価基準とは異なる計算式)を用いていた。また、原告は、同日、P3に対し、本件科目〔2〕についても成績評価資料に関する書面・・・を提出した。」

「原告から提出された成績評価資料に関する書面は、成績評価の裏付け資料として十分でなかったため、P3は、原告に対し、定期試験、レポート、出欠状況等の全ての資料を速やかに提出するように連絡した。原告は、課題の性質上、保存できるものも少ないし、全ての資料が揃っていないと伝えたが、P3から、資料を提出する必要があり、資料がなかったとしても提出しなければならないと、資料の提出を強く催促された。原告は、本件科目〔1〕については、資料は提出できないと回答したが、本件科目〔3〕についてはそのような回答をしなかった。そして、本件科目〔3〕では、提出された課題ごとに成績を付けていなかったため、提出済みの最終成績に整合するように、課題の提出があったものと取り扱う必要が生じた。そのため、原告は、アシスタント学生に対し、ない課題を作るしかない旨を伝えた。アシスタント学生であるP10は、原告の指示を受け、原告が被告に提出した書面の内容と整合させるために「提出されていなければならない課題」について、『捏造する提出物一覧』と題するメモ・・・を作成し、受講生の氏名と作出する必要がある課題の番号等を列挙した。」

「アシスタント学生は、上記のメモを共有し、作出する課題を分担し、原告の確認をとりながら、令和元年度後期の課題を作出し、作業が完了したものについて、抹消線を引いた。上記課題の作出に当たり、アシスタント学生は、新たに課題を作成するか、過去の他の学生が提出した課題を利用して加工や編集をして課題を作成する方法を考えたが、その作業量が多かったため、提出物が優秀であった場合に課題を免除するという架空の制度が実在したこととして、課題を作成する作業を少なくした。これらの方法は、原告とアシスタント学生が相談して考えたものであるが、原告は、どの課題についてどの方法を用いるかについて、アシスタント学生に指示をした。P10は、他のデータと区別するため、作出した課題を格納したフォルダーに『捏造』とのフォルダー名を付した。『捏造』という言葉は、P10が初めて使い、原告は、このように『捏造』という言葉が使用されていることを知るに至ったが、『捏造』という言葉を消去するよう指示することはなかった。また、原告は、令和2年3月25日に成績評価を再提出した後、P4に成績評価について問合せ、同人から、シラバスに記載された成績評価基準を変更した事情等の説明を受けたが、資料の提出を求められていることの相談はしなかった。」

「P4は、原告からの問合せを受け、令和2年4月1日付けで、小数点の端数処理などの誤りを訂正した成績評価を原告に提出した。原告は、P4が作成した資料を確認した上で、同月2日、P3に対し、改めて、成績評価資料に関する書面・・・、課題の集計リスト・・・及び作出した提出課題を提出した。この成績評価資料に関する書面に記載された受講生の最終成績は、同年3月23日付けの成績評価資料に関する書面に記載されたものと同一であった。原告は、同年4月1日付けの成績評価資料に関する書面において、成績評価基準をP4が実際に採用した計算式に変更し、アシスタント学生に作成させた課題を提出したが、P4から受領した成績評価の資料を併せて提出することはしなかった。」

「原告は、令和2年4月2日、P3に対し、本件科目〔2〕の成績評価資料に関する書面を提出したが・・・、この書面の提出に当たり、アシスタント学生であるP11は、本件科目〔2〕の課題を作出し、原告のサーバーにおいて、『課題捏造_P11』等の名称のフォルダーを作成し・・・、前年度の受講生が提出した課題の氏名を令和元年度の受講生の氏名に変えて、令和元年度の受講生の課題が作成されたこととした・・・。」

「原告は、令和2年4月14日、本件科目〔1〕について、成績評価資料に関する書面を提出した・・・。その際、本件科目〔1〕の成績評価に関して、原告のサーバーに成績評価に関するエクセルファイルが作成され、ファイル名に「点数調整済」等の文言が付された・・・。原告は、本件科目〔1〕については、資料が膨大であり、とても提出することはできないと考えたため、P3に対して、資料を提出することはできないと回答していた。」

(中略)

「原告は、本件科目〔3〕の成績を被告に提出した後、その裏付けとなる課題等の資料の提出を求められた際、成績評価の対象となった学生について、架空の課題を作出し、課題免除権という実在しない制度が存在したものとして、虚偽の内容の資料を提出し、複数の学生アシスタントに架空の課題の作成に関与させている・・・。」

令和2年3月に提出した成績評価と同年4月に再提出した成績評価では、対象となる学生の最終的な成績に変更は見られないから、原告による課題の作出等は、受講した学生の成績に変動を直接生じさせるものではない。しかし、成績評価の資料として虚偽の資料を提出した場合には、当該成績評価が公正かつ適切にされたものであるか疑いが生じ、他の科目を含めて、原告による成績評価が適正なものであったか検討する作業が必要になるというべきであり、現に、被告においては、同年9月、原告から低い成績を付けられ、修正をしてもらいたいのであれば申し出るよう、YCCSの学生に周知がされている・・・。

「さらに、原告は、複数のアシスタント学生に架空の課題を作出させ、その際、アシスタント学生が『捏造』と称して作業することを放置していたものであり・・・、原告は、教授の地位にありながら、学生を倫理に反する行為に加担させたものである。」

「この点、原告は、業務が多忙を極めていたため、やむを得ず、架空の課題を作出した旨主張する。しかし、本件科目〔3〕については、提出された課題を一時的に保存した後、返却するか処分していたものであり・・・、原告としては、被告に課題を提出することが不可能又は困難であったのであるから、かかる実情を説明する努力を尽くすべきである。現に、本件科目〔1〕については、課題の提示が困難であるとの回答をしていたのであるから・・・、本件科目〔3〕についても同様の対応をすべきであった。そして、原告は、同年4月に成績評価を再提出する前に、P4に成績評価の確認を行っており・・・、課題を提示する代わりに、P4が作成した成績評価の資料を入手して提出する方法も採り得たと考えられる。」

「また、原告は、本件科目〔2〕についても、アシスタント学生に成績資料の改ざんをさせていたことが認められ・・・、これも、当該成績評価が公正かつ適切にされたものであるか疑いが生じさせるとともに、教授の地位にありながら、学生を倫理に反する行為に加担させたものである。」

独立行政法人大学改革支援・学位授与機構が定めた大学評価基準・・・は、大学の学位課程における教育活動を中心として、大学設置基準等の法令適合性を含めて、大学として適合していることが必要であると同機構が考える内容を示したものであるが、教育課程と学習成果に関する基準として、教育課程方針に即して、公正な成績評価が厳格かつ客観的に実施されていることが挙げられている。

また、大学教員の職務は研究及び教育であるところ、課題・試験の採点や成績評価は、学生の単位認定、進級査定や卒業査定等に影響し、学生の教育・指導の根幹部分に当たる、重要かつ基本的な職務である。

原告の行為は、成績評価の公正を著しく害するものであり、学生との間の信頼関係が損なわせ、ひいては学生と被告との信頼関係を損なうものである。

したがって、原告の行為は、『誠実かつ公正に職務を遂行』することを怠り、被告の『不名誉となる』ものであるから、就業規則41条及び43条に違反したものであり、就業規則36条4号に該当する。

3.やはり成績評価に影響がなければよいというものではないのだろう

 上述のとおり、裁判所は、

「成績評価の資料として虚偽の資料を提出した場合には、当該成績評価が公正かつ適切にされたものであるか疑いが生じ、他の科目を含めて、原告による成績評価が適正なものであったか検討する作業が必要になる」

と述べ、成績評価に影響がなかったとしても、虚偽の内容の資料を提出することはダメだと判示しました。

 大学改革支援・学位授与機構などの外部の目があることなども踏まえると、成績評価といっても、大学教員の自由裁量というわけにはいかないのだと思います。

 裁判所の判断内容は、大学教員の方に対する懲戒処分の効力をめぐる事件を処理するにあたり、参考になります。