弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授の労働問題-過半数代表者が無投票を有効投票による決定に委ねたものとみなしたうえで選出されているとして、専門業務型裁量労働制が違法とされた例

1.専門業務型裁量労働制

 専門業務型裁量労働制とは、

「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められた業務の中から、対象となる業務を労使で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度」

をいいます。

専門業務型裁量労働制

 この仕組みは一定の労働時間を擬制する制度です。つまり、実際に働いた時間の長短とは関係なく、「あらかじめ定められた時間数」働いたものとして取り扱われます。こうした法的効果があることから、しばしば時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を支払わない便法として用いられています。

 専門業務型裁量労働制の根拠条文である労働基準法38条の3は第1項の柱書で次のとおり規定しています。

「使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第二号に掲げる時間労働したものとみなす。」

 つまり、専門業務型裁量労働制を導入するにあたっては、過半数代表者や過半数組合との書面による協定が必要になります。

 過半数代表者の要件について、労働基準法施行規則6条の2第1項は、

「一 法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと」

「二 法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」

と規定しています。

 近時公刊された判例集に、過半数代表者の二番目の要件との関係で労使協定が無効であるとして、専門業務型裁量労働制の有効性を否定した裁判例が掲載されていました。松山地判令5.12.20労働経済判例速報2544-3 学校法人松山大学事件です。

2.学校法人松山大学事件

 本件で被告になったのは、松山大学等(被告大学)を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告大学の法学部教授職にある方3名です。内1名は法学部長職を務めていました。本件で訴訟の対象となった請求は多岐に渡りますが、その中の一つに専門業務型裁量労働制が無効であることを理由とする時間外勤務手当等の請求がありました。

 本件で注目しているのは、平成30年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定です。この労使協定は平成30年2月7日に締結されたもので、平成29年4月25日の過半数代表者選出選挙で選任された方との間で交わされました。

 この平成29年4月25日の選挙は、

立候補者 B教授のみ

選挙権者数 493名

信任数 124票

不信任数 0票

というものでした。

 これが過半数代表者として理解されたのは、被告の過半数代表者選出規程に、

「信任投票において選挙権者が投票しなかった場合は有効投票による決定に委ねたものとみなす」

という規定があったからです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、過半数代表者の選出を無効とし、専門業務型裁量労働制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「専門業務型裁量労働制を採用するに当たっては、『当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定』を締結する必要があり(労働基準法38条の3第1項)、過半数代表者の選出手続は、『法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続』である必要がある(労働基準法施行規則6条の2第1項2号)。そして、過半数代表者は、使用者に労働基準法上の規制を免れさせるなどの重大な効果を生じさせる労使協定の当事者であり、いわゆる過半数労働組合がない場合に過半数労働組合に代わってその当事者となることが定められていることを踏まえると、過半数代表者の選出手続は、労働者の過半数が当該候補者の選出を支持していることが明確になる民主的なものである必要があると解される。

(中略)

「被告大学において、平成29年度の過半数代表者の選出は、選挙により、B教授の信任投票が行われているところ、選挙権者数は493名、信任票が124票であったことから・・・、B教授の選出を明確に支持している労働者は、選挙権者全体の約25パーセントにすぎない。」

「したがって、B教授は、『労働者の過半数を代表する者』とは認められないことから、B教授と被告大学との間で締結された平成30年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定は無効である。

「なお、被告大学は、平成29年度の過半数代表者の選出が有効にされたことの根拠として、本件過半数代表者選出規程15条2項が、信任投票において選挙権者が投票しなかった場合は有効投票による決定に委ねたものとみなす旨規定していること、選挙に先立ち、選挙権者に対して上記規定が周知されていたことなどを指摘する。しかしながら、本件において、労働者は、上記規程の下においても、有効投票による決定の内容を事前に把握できるものではなく、また信任の意思表示に代替するものとして投票をしないという行動をあえて採ったとも認められないから、上記規程によっても、投票しなかった選挙権者がB教授の選出を支持していることが明確になるような民主的なもの手続がとられているとは認められず、この点についての被告大学の主張は採用することができない。

(中略)

以上のとおり、平成30年度及び平成31年度において、被告大学が適格性を有する過半数代表者との間で専門業務型裁量労働制についての労使協定を締結したとは認められないから、本件就業規則改正の有効性を判断するまでもなく、被告大学が、原告らに対し、専門業務型裁量労働制及びそれを前提とした休日及び深夜勤務の許可制を適用することは違法となる。

3.無投票者の票を信任票と同じように扱ってはダメ

 棄権票や無投票者の票を信任票に類似した効力を持つものとして扱っている会社・法人は相当数あるのではないかと思います。しかし、こうした扱いは違法といえる可能性があります。

 時間外勤務手当等がストッパーの役割を果たさないことから、専門業務型裁量労働制の適用が否定できると、相当額の時間外勤務手当等を請求できることも少なくありません。大学教員の方で専門業務型裁量労働制が適用されている人は多いのではないかと思いますが、過半数代表者の選任の在り方に問題があると考えられる場合には、一度、時間外勤務手当等の請求の可否を弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも相談はお受けしています。