弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過半数代表者が適正に選出されていないとして1年単位の変形労働時間制が無効となった例

1.1年単位の変形労働時間制と過半数代表者との協定

 1年単位の変形労働時間制とは「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の総労働時間の短縮を図ることを目的にした」仕組みです(労働基準法32条の4)

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/1nen.pdf

 この仕組みを適法に機能させるには、当該事業場において、

「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」

を締結する必要があります(労働基準法32条の4参照)。

 この過半数代表者であるためには、管理監督者ではないことのほか

「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」

との要件を充たしている必要があります(労働基準法施行規則6条の2参照)。

 この過半数代表者の選出との関係で、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。釧路地帯広支判令5.6.2労働判例ジャーナル140-32 未払割増賃金事件です。何に目を引かれたのかというと、原告入社前に従業員による話合い(投票を伴わない)で選ばれた者との協定について、その効力が否定されている点です。

2.未払割増賃金請求事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、社会保険労務士事務所を経営する社会保険労務士です。

 原告になったのは、社会保険労務士及び行政書士の有資格者です。平成19年4月に被告に雇用され、令和3年4月に退職しました。

 被告では平成16年から1年単位の変形労働時間制が採用されていたところ、従業員による話合いが行われ、過半数代表者にはCが選出されました。しかし、過半数代表者をCにするために挙手など何等かの手続が踏まれることはありませんでした。

 被告ではCとの間で1年単位変形労働時間制に係る協定を締結してきましたが、原告はこれを問題視して変形労働時間制の効力を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、過半数代表者の選出手続に問題があるとし、1年単位の変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の事実認定)

「被告が経営する社会保険労務士・行政書士事務所の事業所では、平成16年から1年単位の変形労働時間制を採用することになった。その際、従業員による話し合いが持たれ、協定を締結する過半数代表者をCとすることとなった。その後も、Cが労働者の過半数を代表するものとして、被告との間で協定を締結していたが、過半数代表者をCとするために従業員において何らの手続が取られることはなかった。被告は、従業員代表が挙手によって選出されていないことを知りつつも、毎年、Cの名前が記載され、選出の方法として挙手によるものとされた協定書を作成して、これをCに交付し、押印を求めていた。なお、被告は、協定書に添付する変形労働時間制に係る勤務カレンダーについては、協定書の作成に先立ってCに確認を求めており、この勤務カレンダーは、従業員に回覧されて従業員の確認も受けており、従業員からの指摘を受けて、内容の訂正がされたこともあった。(甲5の1~4、D証人・・・)。

「変形労働時間制に関する協定書は就業規則と同様に従業員であれば誰でも見ることができるようにされていた。・・・」

(中略)

「被告の事業所の被告以外の従業員は、時間外労働や、1年単位の変形労働時間制についてこれを受入れる意向を有しており、Cが労働者代表として適格性を欠くとは考えていなかった。・・・」

「原告は、平成19年3月23日、被告に採用され、4月2日から被告が経営する事業所において勤務することとなった。原告は、採用の時点で、被告の事業所では1年単位の変形労働時間制を採用しており労働条件となっていることを認識していた。」

(裁判所の判断)

過半数代表者の選出手続は、法に規定する協定等をするものを選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法によらなければならない(労働基準法施行規則6条の2第1項第2号)。

「認定事実・・・のとおり、被告の事業所においては、平成16年に1年単位の変形労働時間制を採用した際に、従業員の間で従業員代表としてCを選出する話し合いが持たれた後は、従業員間で話し合いがされないままCが従業員代表として被告との間で1年単位の変形労働時間制についての協定を締結している。」

「これによれば、前記の協定に先立って、選出目的を明らかにした投票、挙手等の方法によるCを従業員代表とする民主的な手続は行われていないのであるから、前記各協定届には、労働基準法施行規則6条の2第1項所定の手続によって選出された者ではない者が、被告の労働者の過半数代表者として署名押印しているといわざるを得ない。したがって、被告における1年単位の変形労働時間制は無効である。

「これに対して、被告は、労働基準法施行規則の定めに形式的に反している可能性があるとしても、法が当該制度を要求した基本趣旨自体は実質的に充足していると評価できる場合には協定を無効とするまでの必要性はないと主張する。しかし、1年単位の変形労働時間制における協定は、使用者が労働者を特定の週又は特定の日において、あらかじめ変形されたとおりに法定労働時間を超えて労働させることができるという重大な効果を発生させる要件となっているものであるから、仮に原告以外の従業員がCを署名適格者と考えていたとしても、選出目的を明らかにした上での民主的手続が採られていない以上、労働基準法施行規則6条の2第1項2号に反するものとして無効であるというべきである。

「したがって、被告の主張は採用できない。」

3.挙手等の方法は省略できない

 以上のとおり、裁判所は、

民主的手続が行われていなければ話合いで過半数代表者を決めることは許されないし、

それは原告以外の従業員がCを適格者と考えていたとしても変わらない、

と判断しました。

 変形労働時間制の場面に限らず、過半数代表者の選出手続が厳密でない会社は少なくありません。裁判所の判示は、過半数代表者との協定が必要な場面全般に活用できる可能性があります。