弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

特段指示されていなかったものの、昼休み中にかかってきた電話への対応に要した時間の労働時間性の立証が認められた例

1.昼休みの電話対応

 昼休み中にかかってくる電話に対し、電話番を設けることなく、手の空いた従業員が対応している会社は少なくありません。こうした電話対応の方法は、しばしば上長からの明確な指示によることなく、自然発生的に行われます。

 それでは、このような会社で電話対応に当たっていた従業員が、会社に対し、電話対応に要した時間に相当する時間外勤務手当を請求することはできるのでしょうか?

 また、理論的に請求可能であるとして、電話対応に要した時間は、どのように立証すればよいのでしょうか?

 昨日ご紹介した、釧路地帯広支判令5.6.2労働判例ジャーナル140-32 未払割増賃金事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.未払割増賃金請求事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、社会保険労務士事務所を経営する社会保険労務士です。

 原告になったのは、社会保険労務士及び行政書士の有資格者です。平成19年4月に被告に雇用され、令和3年4月に退職しました。

 本件には複数の争点がありますが、その中の一つに、時間外労働の有無及びその時間数がありました。

 原告は自ら作成した日報に基づいて実労働時間の立証を試みました。この日報は、パソコンの表計算ソフトによって作成されたファイルを印刷したものであり、日ごとに朝、昼、夜の欄が設けられ、朝と夜の欄には時刻が、昼の欄には分数が記載されていました。

 この日報に基づく労働時間に関する主張について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

ア 始業前の労働時間について

「(ア)認定事実・・・記載のとおり、被告においては、従業員に対して、始業前に当番制で掃除をすることを指示していたことが認められる。このことからすると、これらの作業に必要と考えられる20分間については、被告の指揮命令下にあったものと認められ、時間外労働に当たるというべきである。」

「(イ)これに対し、原告は、自らが作成した日報(甲9号証)において、朝の欄に記載された時刻は、勤務開始時間であり、昼の欄に記載された分数は昼休み時間中に電話対応などに当たった時間であり、夜の欄に記載された時刻は、勤務終了時間であると主張する。
 そこで、この日報の記載内容の信用性について検討する。甲9号証は、パソコンの表計算ソフトによって作成されたファイルを印刷したものであり、平成22年10月26日から、日ごとに朝、昼、夜の欄が設けられ、朝と夜の欄には時刻が、昼の欄には分数が記載されている。しかし、上述したように、パソコンの表計算ソフトによって作成されているという性質上、各日の記載がいつされたかや、当初記載された後に変更がされていないかといった点について判断することは困難である。また、記載内容自体も、機械的に記録されているものでないし、原告が労働時間に乖離がある場合を記録するという目的で始めたものであって(原告本人[11頁])、残業代請求のための資料として作成していたものではなく、そのデータの記載も5分単位となっていておおよその記載にとどまっている。このような、日報の記載内容の信用性に関する事情に加えて、掃除機掛けや玄関掃除を割り当てられていた日以外において、被告が、原告に対して、就業規則で定められた始業時刻である午前9時以前に勤務することを命じていたと認めるに足りる証拠はないことに照らすと、原告が主張する始業前の労働については、前記(ア)で記載した掃除機掛けや玄関掃除の当番を割り当てられた日における20分間の以外については、認めることはできない。

イ 昼休みの労働時間について

認定事実・・・記載のとおり、被告の事業所においては、昼休みにも外部から電話がかかってくることがあり、特段、指示はされていなかったものの、手が空いている者が電話を取っており、原告は、席が電話の前であったこともあって、電話を取ることも多かったことが認められる。

このことに加え、原告が作成した日報(甲9号証)に記載された昼休みに労働したとされる記載がその就労期間に比して多数回にわたるものではないことからすると、前記ア(イ)記載の事情を踏まえても、日報における昼休みの労働があったことについての記載は、一定の信用性をおくことができる。もっとも、原告が、日報における労働時間を5分刻みで記載をしているところ、終業時の記載において、甲10号証のパソコンログよりもほぼすべての日において数分から5分程度長時間の勤務したことと記録されていることに照らすと、原告が5分未満の電話対応についても5分に切り上げて記載している可能性が否定できない。そこで、甲9号証に記載されている時間から5分間を控除した時間を原告の労働時間と認めるのが相当である。

3.早出残業の立証には至らなくても電話対応時間の立証には使える

 裁判所は、上述のとおり、自作の日報を根拠として、昼休み中の電話対応時間の立証を認めました。

 興味を惹かれるのは、同じ日報でも早出残業の立証が否定されていることです。早出残業の立証までは難しくても、電話対応時間の立証はできるとされている点に判断としての特徴があります。

 自作のメモ・日報というと、それだけで労働時間性の立証が認められることはそれほど多くないのですが、時間帯によっては立証が可能になることを示した点が参考になります。

 サービス的な電話対応を余儀なくされている方は、退職後、残業代請求を行うための手控えとして、メモを残しておいても良いかも知れません。