弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事務所の開施錠時刻と矛盾する就業時間記入表による労働時間立証が成功した例

1.客観証拠がない場合の労働時間立証の問題

 残業代請求を行うにあたり、タイムカード等の客観証拠が存在しない場合、日報やメモ等の機械的正確性のない証拠に基づいて主張、立証活動を展開しなければならないことがあります。

 こうした訴訟を提起、追行する時に、最も気を遣うことの一つが、客観証拠との整合性です。依拠している日報やメモ等に記載されている始業・終業時刻と矛盾する客観証拠が被告会社側から提出されると、原告労働者側の労働時間に係る主張全体の信用性に疑義を持たれかねないからです。例えば、手帳に記載されている終業時刻の記載がオフィス建物の施錠時刻よりも遅い時間で記録されていると、記録の正確性に疑義を持たれ、手帳全体の信用性が否定されることがあります。

 しかし、客観証拠との矛盾が少しでも生じてしまうと直ちに立証が崩れるかというと、そう言い切れるわけでもありません。近時公刊された判例集に、事務所の開施錠時刻と矛盾する時刻が書かれた日が相当数あるにもかかわらず、就業時間記入表に基づいて労働時間を認定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した大阪地判令2.6.11労働判例ジャーナル104-52 御堂筋鑑定事件です。

2.御堂筋鑑定事件

 本件で被告になったのは、損害保険の損害調査及び鑑定業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員であった方(a、b二名)です。

 原告らは就業時間記入表という社内資料を基に始業・終業時刻を特定し、時間外勤務手当等を請求しました。これに対し、被告会社は、

「原告らの主張の基となる就業時間記入表は、被告の事務所の開施錠時間と齟齬しており、信用できない。」

として原告の主張を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、就業時間記入表に基づく労働時間立証を認めました。

(裁判所の判断)

「被告において、平成29年8月20日以前は労働時間を管理しておらず、同月21日以降の労働時間を管理する資料としては就業時間記入表・・・しかないこと、就業時間記入表の内容と被告の事務所の開施錠状況を示す入退館情報一覧表・・・を比較すると、矛盾しないか数分程度のわずかな齟齬(原告らが就業時間を15分単位で概括的に記入しているために生じているものと考えられる。)にとどまるものが多く存すること、当時、被告の代表者であった被告前代表者が上記就業時間記入表に確認印を押印していること等からすれば、原告らは少なくとも別紙原告a時間シート及び別紙原告b時間シート記載のとおりの残業を行ったものと認定するのが相当である。なお、就業時間記入表の始業時刻が被告の事務所の開錠時刻より数分早い日等も多数見受けられるが、他方で終業時刻が施錠時刻より数分早い日もあり、また、原告らが数分切捨てて終業時間を記入するなど、実際の労働時間より少なめに記載しているものも相当数あると考えられること、原告らが実際の始終業時刻自体ではなく、実労働時間の長さに合わせて就業時間を記入していたこと(原告ら各本人)からすれば、少なくとも上記で認定した時間は、労働を行っていたものと認められる。さらに、被告前代表者が平成29年12月2日に解任されて以降も就業時間記入表に確認印を押印し、また、同月21日以降はその確認印の押印もないが・・・、その間の記入については入退館情報一覧表・・・とそれほど大きな齟齬がないことやそれまでの労働時間の状況に照らしても不自然に多いとはいえないことからすれば、その間についても就業時間記入表や入退館情報一覧表に基づいて上記のとおり認定するのが相当である。

「被告は、原告らの主張の基となる就業時間記入表は、被告の事務所の開施錠時間と齟齬しており、信用できない旨主張する。しかしながら、まず、被告も認めるように、就業時間記入表には、被告の事務所の開施錠時刻とのそれほど齟齬がない日も相当数存在し、入退館情報一覧表の記載により、就業時間記入表のそれらの記載の信用性までは否定されない。また、原告らは、持ち帰り残業を行っており、その場合、持ち帰り残業時間も付加した上で、就業時間記入表に記入(例えば、午後7時に退社し、帰宅後午後9時以降に持ち帰り残業を3時間した場合、実際には午後5時から午後9時の間に仕事をしたわけではないが退社時間を午後10時と記入)していた旨供述し、被告前代表者も、その際の業務量から見て相当な時間数であると判断して確認印を押印した旨証言している。この点、被告も自然災害が発生した直後には業務量が多くなることを認めているところ、例年8月以降に多くの台風が発生し、平成29年8月から12月までの間も、平年並みか若干少ない数の台風が発生し、同年10月23日には超大型の台風が上陸している・・・これらの事情は、その時期に原告らが持ち帰り残業を行っていた旨の原告らの上記供述部分及び被告前代表者の上記証言部分の裏付けとなるものである。さらに、原告らは、持ち帰り残業を行う際、保険会社から提供された資料のうち、持ち出して問題がないと考えるものを持ち出して作業を行った旨述べているところ、そのような資料が一切ないともいえないし、仮に厳密には持ち出しができないものが含まれていたとしても、その当否はともかく、原告らが持ち帰り残業を行っていたことが否定されるものでもない。加えて、被告のような親族が中心となる小規模の企業において、労働時間の管理が行われず、残業代が支払われないまま居残り又は持ち帰るなどして作業が行われることはしばしば起こり得ることであって、原告らの供述するような業務実態あっても不自然とはいえない。そうすると、被告の上記主張は、上記・・・の判断に影響するものではない。」

3.矛盾を解消する一つのパターン

 客観証拠と機械的正確性に欠ける資料とが矛盾する場合、基本的には後者の信用性が否定されることになります。矛盾を解消するためのストーリーの構築が不可能である場合が多いからです。

 しかし、本件では、

「実労働時間の長さに合わせて就業時間を記入していた」

という矛盾を解消するためのストーリーがあり、これが被告代表者の押印によって現実味を与えられていたため、就業時間記入表による労働時間立証が認められました。

 労働時間を記録していたのが業務関連性のないメモであったり、被告代表者の押印がなかったりすれば、また違った結論になった可能性もありますが、本件は客観証拠による弾劾の撥ねかえし方の一例として覚えておいて良い事案だと思われます。