弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

承認のない残業も黙認・放任されていれば労働時間にカウントされる

1.承認制のもとで黙認・放任されていた残業

 時間外労働に従事するにあたり、所属長の承認を要件としている会社は、少なくありません。こうした会社において、業務量が多いにも関わらず、承認が得られない・承認を申請すると渋い顔をされるといった理由から、承認を得ないまま時間外勤務等を行った場合、その時間は時間外勤務等としてカウントされるのでしょうか?

 労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。そして、使用者の指揮命令下に置かれているというためには、使用者の明示又は黙示の指示によることが必要だと理解されています。黙示の指示については、労働者が規定と異なる出退勤を行って時間外労働に従事し、そのことを認識している使用者が異議を述べていない場合や、業務量が所定労働時間内に処理できないほど多く、時間外労働が常態化している場合などに肯定されます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕150-151頁参照)。

 使用者が残業を認識しながら放置している場合、承認制のもとでも時間外勤務手当等(残業代)を請求することができるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、これを肯定した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-36 FIME JAPAN事件です。既に肯定例のある問題ですが(大阪地判平18.10.6労働判例930-43 昭和観光事件参照)、これに一例を加える裁判例として、ご紹介させて頂きます。

2.FIME JAPAN事件

 本件では適応障害を発症して被告会社から解雇された原告労働者が、解雇の無効を主張して地位確認を求めるとともに、時間外勤務手当等の支払いを請求した事件です。

 被告会社では、残業が上長の承認を要件としており、就業規則に、

「会社の残業命令なく残業しないこと。社員が残業命令なしに残業した場合、また、事前に職務上の上長へ申請して承認を得ていない場合、この残業は労働時間に含まれないため、会社は社員に対し、この残業に対する賃金を支給しない。」

という規定が設けられていました。

 こうしたルールのもと、本件では、上長の承認のない残業に割増賃金を発生させる時間外労働等としての性質を認めることができるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告に出勤した日ごとに、タイムスタンプと呼ばれるシステムに各日の出勤時刻及び退勤時刻を入力していたこと、同システムは、被告における従業員の労働時間を管理する目的で用いられていたことが認められる。」

「したがって、原告の出勤時の実労働時間は、同システムに入力された時刻・・・に基づき認定することが相当である(ただし、同システムへの入力がない8月8日及び同月9日は所定労働時間による。)。」

「被告は、就業規則において、残業及び休日労働を行うためには業務命令に基づくことが必要と定められているが、原告は業務命令がないにもかかわらず残業を行っていた旨主張する。」

「しかしながら、割増賃金請求の要件となる労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則等の定めのいかんにより決定されるべきものではない(最高裁第一小法廷平成12年3月9日民集54巻3号801頁参照)。したがって、原告が、被告から残業又は休日労働を行うについて明示の命令を受けていないとしても、原告が所定労働時間外に行った労働が被告の黙示の指揮命令に基づいてなされたものと認められる場合には、実労働時間に該当するというべきである。

「そして、上記・・・において認定したとおり、原告は、被告に出勤して業務を行った際にはタイムスタンプに出勤時刻及び退勤時刻を入力していることに加え、証拠・・・によれば、原告は、所定労働時間内に業務を終えることができず、所定労働時間外に業務を行っていたところ、Bは、原告のかかる業務遂行の状況を認識していたが、終業時刻後又は休日に社内で原告を現認した場合にも退勤するよう指示していなかったことが認められる。これらの事情に照らせば、タイムスタンプに入力された出勤時刻から退勤時刻までの労働は、被告の黙示の指揮命令に基づきなされたものと認められ、実労働時間に該当するというべきである。

「なお、被告は、原告は、欠勤を繰り返したために所定労働時間内に業務を終えることができなかったに過ぎず、Bが原告に対して時間外労働を指示したことはない旨主張するが、原告が欠勤をしていたとしても、欠勤時間を除く労働時間が1日当たりの所定労働時間を超える場合には、所定労働時間を超える労働は、欠勤がない場合と同様に黙示の指揮命令に基づくものと認めるのが相当であり、被告の主張は、採用することができない。」

3.当然の結果であるが・・・

 承認残業制のもとにおいては、時間外労働等を行いながらも、時間外勤務手当等の支払いを諦めてしまっている方が少なくありません。

 労働時間であるかは、客観的に定まり、就業規則によって決定されるわけではありません。実体に即して労働時間性が認められたのは、当然の結果です。

 認識・放置されていたという関係がある場合、承認を得ていなかったとしても、時間外勤務手当等を請求できる可能性は十分に在り得ます。

 該当・類似の問題でお困りの方は、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。