1.残業を禁止する指示・命令/残業の許可制・承認制
就業規則上、残業を行うにあたり、上長の許可や承認を求められていることがあります。また、残業をしている労働者に対し、使用者から、残業禁止の指示・命令が出されていることがあります。
こうした場合、労働者は、残業をしても、時間外勤務手当等を請求することはできないのでしょうか?
この問題について、大阪地判平18.10.6労働判例930-43昭和観光事件は、
「被告は、被告においては、実際に労働実態もないのに時間外手当が請求されることを防止するため、事前に所属長の承認を得て就労した場合の就業のみを時間外勤務として認めることとしており,原告ら主張の時間外労働については所属長の承認がされていない旨主張する。」
「なるほど、被告の就業規則には被告主張のような内容の規定が存在するが・・・、被告が主張するように、この規定は不当な時間外手当の支払がされないようにするための工夫を定めたものにすぎず、業務命令に基づいて実際に時間外労働がされたことが認められる場合であっても事前の承認が行われていないときには時間外手当の請求権が失われる旨を意味する規定であるとは解されない。」
と判示しています。
また、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕151頁は、
「実質的に残業を解消する措置を伴うことなく、残業が行われる状況が改善されていないままに残業を禁止する指示・命令をしただけでは、時間外割増賃金の支払を回避するための仮装の指示・命令と評価されることになり、労働時間性は否定されないことになろう」
と記述しています。
要するに、許可残業制のもとで無許可残業をしたり、残業禁止命令に違反して残業をしたりしていた場合でも、時間外勤務手当等の請求は必ずしも否定されるわけではありません。
近時公刊された判例集にも、そうしたことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.12.21 メディアフュージョン事件です。
2.メディアフュージョン事件
本件で被告になったのは、大学向けシステムを中心に、パッケージシステムの開発・販売をする株式会社です。
原告になったのは、被告の元労働者です。時間外勤務手当等の支払を求めて被告を訴えたのが本件です。
被告の就業規則(賃金規程)には、
「業務上やむを得ず、法定労働時間外に勤務した場合(その従業員のリーダーが認めた場合)は、次の通り手当を支給する。」
という規定があり、被告は、
「原告の時間外労働等を明示的に禁止するとともに、所定労働時間を過ぎて行うべき業務がないようにしてきた・・・。しかし、原告はこれを無視し続けて所定労働時間以降も被告社内に滞在していたが、この間、被告が明示又は黙示に残業指示(許可)を行ったこともなければ、所定労働時間内で終えることができないような業務量を与えたこともなかった。」
などと主張し、時間外勤務手当等の支払い義務を争いました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、時間外労働の存在を認めました。
(裁判所の判断)
「被告においては、賃金規程上、法定労働時間外の勤務についてはリーダーが認めた場合という要件を定めており・・・、他の従業員の休日労働についてこれに沿った運用がされているほか・・・、原告が申請した休日出勤についてこれが認められなかったこともあった・・・。」
「しかし、原告は、時間外労働等の申請をほとんどしない一方で、本件請求期間始期である令和元年12月1日以降、ほぼ全ての労働日に、所定終業時刻である午後6時を超えた時刻まで被告事業場内で業務に従事し、被告において定められていたとおり、管理部アドレス宛てにその時刻を記載した日報メールを送信しており・・・、上長である被告代表者は日報メールの内容を日々確認することはなかった・・・。また、本件請求期間においては原告の上長はCであった期間もあったものの・・・、同人による勤怠管理も同様であったものと認められる。以上によれば、原告は、所定労働時間後に事業場で労務の提供をし、これを就業規則所定の方法で報告していた一方で、被告からは多くの日について何ら注意や指導等がなかったのであるから、個別の日について残業を禁じるなどの具体的な指揮命令があった日を除いて、上記労務の提供は指揮命令下の労務の提供として異議なく受入れたものとみるべきであって、これに係る時間は労基法上の労働時間に当たると認められる。」
「これに対して、被告は、時間外労働等についての許可制は適正に運用されており、原告が申請を怠っていたにすぎないとして、時間外労働等の申請していない時間の労働時間性は認められない旨主張する。」
「しかし、上記・・・で説示したとおり、被告は所定の方式に沿って終業時刻の報告を受けていたにもかかわらず、多くの日において何ら注意や指導をしなかったことに照らせば、上記申請をしていなかったことをもって所定終業時刻後の労務の提供を容認しない旨を示していたとはいえない。被告の上記主張は、指摘する事情をもって労基法上の労働時間性を否定するものとはいえないから、採用することができない。」
・被告は原告に対して時間外労働等を禁止していたとみることができるか否かについて
(ア)本件請求期間のうち令和元年12月1日から令和3年4月29日まで
「上記認定事実・・・のとおり、被告代表者は、本件請求期間開始前から令和3年4月29日までの間、少なくとも6日(令和元年9月13日、同年10月24日、同月25日、令和2年4月28日、令和3年2月8日及び同月10日)において、原告に対して、その日従事している業務について残業は認めない旨、帰宅するよう指示する旨、申請のあった休日出勤を認めない旨を記載したメールを送信しており、これらの日については、時間外労働等と相容れない業務上の指示があったものといえるから、原告が業務に従事した時間について労働時間性は認められない。」
「もっとも、被告は、上記期間のうち上記6日以外の日においては,上記・・・で説示したとおり、被告は所定の方式に沿って終業時刻の報告を受けていたにもかかわらず、所定終業時刻後にも業務に従事していた原告に対して注意や指導をしていたとは認められない。また、上記認定事実・・・のとおり、被告代表者は、原告の上長であった間は毎朝ミーティングをしていたが、その際に予定されていた業務が間に合わなかった場合の対応や日報メールで報告された前日の終業時刻についての話はなかった。そうすると、被告は原告に対して上記6日以外の各日について時間外労働等を明示的又は黙示的に禁止していたとは認められない。」
3.相当回数残業禁止命令が出ていても、それらの日以外は請求可能なことがある
本件では「本件請求期間のうち令和元年12月1日から令和3年4月29日まで」の間、6回に渡り残業禁止命令が発令されています。
結構な数、発令されているようにも思われますが、裁判所は、全体について労働時間性を否定するようなことはせず、発令された日についてのみ労働時間性を否定するという、ネガティブリスト的な考え方を採用しました。
こうした考え方が通用するのであれば、残業禁止命令が相当回数発令されている事案でも、別段、残業代請求を諦める必要はないことになります。本件は、許可残業制/残業禁止命令のもとでの残業代請求を行うにあたり、実務上参考になります。