弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

診断書や主治医意見書があっても「会社のせいで(精神的な)病気になった」という主張が通りにくい理由

1.診断書や主治医意見があれば「会社のせい」といえるか?

 労働問題に関連して「会社のせいで(精神的な)病気になった。」という相談を寄せられることは、少なくありません。相談者は、往々にして「診断書がある。」「主治医が意見書を作ってくれると言っている。」などと述べて、損害賠償請求の可否や、解雇の効力を争える見込みを尋ねてきます。

 しかし、こうした相談に対し、楽観的な見通しを語れる事件は、それほど多くはありません。一般論として、診断書や主治医意見書だけで精神障害・精神疾患の業務起因性を立証することは困難だからです。診断書や主治医意見書は、「それがなければ始まらない」証拠ではありますが、「それさえあれば勝てる」という証拠ではありません。

 それでは、なぜ、診断書や主治医意見だけで勝てるとはいいにくいのでしょうか? 

 それは診断や意見の前提となっている事実の立証に難渋する場合が多いからです。

 診断書や主治医意見書は、患者の訴えが事実として認められることを前提に、医学的な考察を述べています。しかし、相手方のいる事件において、原告側と被告側との事実認識が一致している事件は稀です。労働者側が原告となって、精神霜害・精神疾患を発症させる原因なった心理的に強い負荷のかかるエピソードを主張していっても、それを被告会社側が唯々諾々と認めることは殆どありません。大抵、主張されている事実の存在自体や、その評価が争われます。考慮されるべき事情が考慮されていないと指摘されることもあります。結果、診断書や主治医意見書が基礎にしていた事実認識自体に瑕疵が認められると、その上に立脚している診断書や主治医意見書の信用性も否定されることになります。精神障害・精神疾患を発症しているケースでは複数のエピソードが折り重なるように存在していることが多くみられますが、このようなエピソードの認定を使用者側の弾劾から全て守り抜くくことができる場面は限定的です。

 近時公刊された判例集にも、前提事実に疑義を挟まれ、原告側の提出した医学的所見の信用性が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-36 FIME JAPANです。

2.FIME JAPAN事件

 本件では適応障害を発症して被告会社から解雇された原告労働者が、解雇の無効を主張して地位確認等を請求した事件です。

 本件の原告は適応障害が会社の業務に起因していることを立証するため、主治医の診断書や意見書を提出しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を認めませんでした。結論としても、地位確認請求は棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件疾病の診断をした医師の診療録には、過重労働等が原因で適応障害を発症したとの記載がある旨主張し、同医師作成に係る意見書を証拠として提出する。」

「証拠・・・によれば、原告は、10月31日、東京都千代田区所在のエムズクリニック九段下を受診し、適応障害、不眠症、うつ状態との診断を受けたこと、同日の診療録には、仕事量が多いこと、上司から昼夜(土日)も仕事のメールが送られることなどの記載があることが認められ、また、上記クリニックのC医師作成に係る意見書・・・には、適応障害の診断と業務との関係について、『入社前に過去何年にも渡って体調や精神面に特に問題なく経過していて入社してからの症状の出現であること。仕事量が非常に多く終わらないため持ち帰って仕事をしていたこと、平日の夜や休日にも会社からメールが来て対応していたこと、その状況の中で入社後1ヶ月程して不眠、食欲低下、気力低下等の症状を認めその後出勤困難となっていること、さらに休職に入って仕事から離れたことによって割と早くに体調が改善したこと等から仕事環境のストレスが症状の直接的な原因である可能性が高い。』『また同僚の社員も体調を崩して退職しているので業務量的に厳しい会社であったと考えられる上にさらにその退職者の分の業務も対応しなければならなくなり相当厳しい状況であったと推察される。』『よって会社の仕事環境への不適応による症状と考えられ適応障害とし業務に起因したと考えている』との記載がある。」

しかしながら、C医師による上記診断及び意見書の作成は、主に原告の述べる事情に基づきなされたものであり、原告の出勤状況等の重要な事実を十分に考慮してなされたものとはいい難いことからすれば、上記診断及び意見書に基づき本件疾病の業務起因性を認めることは相当ではない。

「なお、原告は、休職後に投薬治療を受けたことにより、適応障害の症状が改善されたことを指摘するが、既に説示したとおり、原告が被告において勤務していた間の業務による精神的負荷の程度は、本件疾病の業務起因性を認めるに足りるものとは認められず、休職後に原告の症状が一定程度改善されたとしても、上記の認定、判断が左右されるものとはいえない。」

3.エピソード自体の証拠化も忘れずに

 診断書や主治医意見書は、基盤としている事実認識自体を攻撃されることに対しては脆弱な証拠です。そのため、精神障害・精神疾患が業務に起因していることを立証するにあたっては、医療機関を受診して医学的な記録を残しておくことに加え、録音等によって心理的負荷の原因となる個々のエピソードの存在自体を立証できるように準備しておくことが重要です。