1.早出残業の認定
タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。
この「具体的な主張・立証」のハードルは高く、早出残業(始業時刻前に出勤して働くこと)の立証は、実務上、必ずしも容易ではありません。
しかし、近時公刊された判例集に、早出残業の立証に成功した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、仙台高判令5.11.30 労働判例1318-71 足利セラミックラボラトリー事件です。
2.足利セラミックラボラトリー事件
本件で被告(被控訴人・附帯被控訴人)になったのは、歯の補綴物及び義歯の製作等を業とする株式会社です。
原告(控訴人)になったのは、平成29年3月に歯科技工士専門学校を卒業した方です。就職活動中に被告の求人票を見て、採用試験に応募し、採用内定を経て、平成29年4月1日付けで入社しました。
しかし、入社してみると、賃金が求人票の通り支給されず、これに異を唱えたところ、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成するよう脅迫的な言動を受けたうえ、他の事業所への配転を命じられました。
このような経過のもと、未払基本給や残業代、違法な配転命令等のパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償などを請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では早出残業が認められるのか否かが争点の一つになりました。
一審の仙台地裁はセオリー通り早出残業を否定したのですが、二審の本件仙台高裁は早出残業を一部認めました。各裁判所の判示は、次のとおりです。
(一審仙台地裁 仙台地判令5.6.1労働判例1318-71)
「原告は、始業時刻である午前8時30分より前に時間外労働をしたと主張する。しかしながら、技術訓練を指示されていたとの原告の主張を前提とすると、出社時間はある程度規則的なものとなるのではないかと考えられるが、実際には原告の出社時間はまばらであるし、始業時刻からそこまでかい離していない午前8時頃の出社も多い・・・。これらの点からすると、原告が技能習熟のための作業をしていたとしても、自主的な練習にとどまるものと考えられるのであり、これが被告の明示又は黙示の指示によるものであると認めることはできない。」
「また、原告は、任されていた仕事が終わらず、翌日の始業時刻より前に出社して作業するよう指示されていたとも主張するが、これを認めるに足りる客観的な証拠はない。」
「以上によれば、始業時刻である午前8時30分より前に原告が時間外労働をしていたと認めることはできない。」
(二審 本件仙台高裁)
「原告は、任されていた仕事が終わらないときは、始業時刻より前に出社して作業をするよう指示されており、被告からの明示又は黙示の指示に基づき、被告が受注していた歯科技工の仕事を行い、また、ワイヤークラスプ(針金をペンチで曲げて作る、入れ歯を口腔内に固定するばね)という被告の業務を遂行する上で不可欠な技術の習得、熟練のための技術訓練を行っており、終業時刻後のほか、始業時刻である午前8時30分より前にも時間外労働をした旨主張し、供述している。」
「この点、原告が主張する作業や技術訓練を行うには、ある程度まとまった時間がないと意味をなさないと考えられ、原告の出勤時間をみると、別紙3対照シートの原告主張の始業時刻によれば、午前8時30分の定時よりも相当早い午前6時、7時前後の出勤も少なくなく、定時より1時間を超えて早く出社している日については、被告の明示ないしは黙示による指揮命令下において、会社の業務に従事するために、明確な目的をもって早出したものとみるのが自然であって、午前7時30分より前に出勤した日については、その出勤時刻から定時まで時間外労働に従事していたものと認めるのが相当である。」
「それ以外の日については、原告の出社時間に規則性がなく、定時とそれほど違わない午前8時頃の出社も多いことなども考慮すると・・・、被告の明示又は黙示の指示による指揮命令下にあったと認めるには足りない。」
3.定時よりも相当早い出社であることに着目した認定
私自身の実務経験の照らして言うと、定時よりも相当早い時間に出社している事実が立証できたとしても、裁判所は、なかなか早出残業の立証のハードルは越えさせてくれません。仕事以外でこれほど早く出勤するわけがないだろうと言っても、仙台地裁のように、何だかんだ理屈をつけられ、請求を認めてくれないことが多いように思います。
しかし、仙台高裁は、定時よりも相当早いことに着目して早出残業を認めました。
これは私だけではなく多くの人の常識的感覚に一致する判断だと思うのですが、裁判例全体の傾向からすると、かなり画期的な判断です。
こうした常識的な判断が積み重ねて行くことが大事であり、本件は、早出残業の立証にあたり、積極的に引用・活用して行くべき裁判例として、実務上参考になります。