弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業代請求-管理監督者性を誤信していた場合にも時間外勤務等の「容認」の論理は使えるか?

1.時間外勤務等の「容認」

 残業が許可制になっている会社などでしばしば見られることですが、時間外勤務手当等を請求すると

「勝手に残業していただけであって、業務を指示していない」

という反論を寄せられることがあります。

 しかし、「規定と異なる出退勤を行って時間外労働に従事し、そのことを認識している使用者が異議を述べていない場合や、業務量が所定労働時間内に処理できないほど多く、時間外労働が常態化している場合など」には、残業を容認していたとして、黙示の指示が認められるのが通例です(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕151頁参照)。

 しかし、この時間外労働等の「容認」という論理は、管理監督者性が誤信されていたような事案にも妥当するのでしょうか?

 こうした疑問が生じるのは、管理監督者には、労働時間規制が適用されないため(労働基準法41条2号)、時間外勤務手当等が支払われないからです。

 残業に対して時間外勤務手当等が発生する一般の労働者について、時間外に稼働していることを知りながら労働成果物を受け取っていた場合、残業を容認していたと判断されるのは合点が行きます。

 しかし、管理監督者の場合、出退勤に自由があるうえ、時間外勤務手当等が発生しないため、時間外に稼働していることを放置していたとしても、残業代が発生することを容認していたといえるのかには疑問が生じます。この内心の問題は、管理監督者ではないのに管理監督者であると誤信したうえで労働者を稼働させていた場合も変わるところがありません。

 かくして、労働者が管理監督者性を争い、管理監督者性が認められないとなった場合に、所定時間外の勤務が使用者に容認されていたとの理屈のもと、残業代を請求することができるのかが問題になります。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京高判令4.3.2労働判例1294-61 三井住友トラスト・アセットマネジメント事件です。

2.三井住友トラスト・アセットマネジメント事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、投資運用業、投資助言・代理業、第二種金融商品取引業を業とする株式会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、被告から専門社員として雇用され、期間1年の有期労働契約を更新してきた方です。被告の就業規則上、専門社員とは「高度な専門知識、職務知識に基づき、専門的な職務又は特命的な職務を担うために、1年以内の契約期間を定めて採用された者」と定義されていました。

 原告が主に担っていた業務は、投資信託の法廷開示書類の作成や監督官庁への届出です。また、それ以外にも、月次レポート(月報)の精査、準広告審査などの業務(月報関連業務)も担当していました。

 本件では原告の管理監督者性と実労働時間が争点になりました。

 原審が原告の管理監督者性を否定したうえ、時間外勤務等があるとして多額の時間外勤務手当等や付加金の支払を命じたところ、これに被告が控訴したのが本件です。控訴中、原告が附帯控訴を行ったため、被告は控訴人兼附帯被控訴人と、原告は被控訴人兼附帯控訴人という立場にあります。

 本件では、管理監督者を誤信していたような事案であっても、使用者の側で残業代が発生する類の時間外勤務等を行うことを使用者が容認していたといえるのかが問題になりました。

 この点について、裁判所は、次のとおり述べて、時間外勤務等を「容認」していたとの論理を用い、原告(被控訴人兼附帯控訴人)の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「以上によれば、第1審原告が所定始業時刻前及び所定終業時刻後に行った前記の各行為は、いずれも第1審被告の指揮命令下で行われ、第1審原告の在社時間は第1審被告の指揮命令下に置かれたものであったというべきである。なお、第1審被告が、第1審原告が客観的には管理監督者に当たらないものの主観的にはこれに当たると信じていた場合に、第1審原告が所定始業時刻前及び所定終業時刻後に行った上記各行為を黙示的に容認していたといえるかが問題となるが、前記認定説示によれば、本件において、第1審原告が担当していた上記各行為は、客観的には、いずれも一定の職務性があること、第1審被告は、第1審原告が所定始業時刻前及び所定終業時刻後に上記各行為に従事していること自体は認識していること、第1審被告が第1審原告は管理監督者に当たると誤信した結果、第1審原告が不利益を被るのは相当ではないことからすると、当該誤信の故に、上記各行為が第1審被告の指揮命令下で行われたことを否定することはできないものというべきである。

「したがって、第1審被告は、第1審原告に対し、上記在社時間に対応する未払残業代を支払う義務があるというべきである。」

3.管理監督者性が争点となっている事案でも「容認」の論理は通用する

 以上のとおり、裁判所は、管理監督者性が争点となる場合にも、時間外勤務等を「容認」していたとする理屈が通じると判示しました。

 実際、

「そもそも共通コメントのチェックは第1審原告の主たる業務の一つであり、それ自体職務性が高いというべきである。また、第3営業日の午前9時ころ共有フォルダに格納される共通コメントの最終稿のチェックを同日の正午頃までに終えるのは、時間的に切迫していること、共通コメントが投資家にとって重要な資料の一つであり、正確性が強く要求されるものであること、共通コメントの内容は、国内外の株式や債券、リート、為替等の月間の動向を政治経済情勢や経済指標等をもとに分析・説明するものであり、そのチェックの難易度は相当程度高いことを考慮すると、第1審原告が、最終稿直前の原稿を事前チェックするために早朝出勤したことには相応の必要性が認められる。さらに、第1審被告は、A部長が第1審原告に対し、メールで2回、午前5時台の出社について注意したことはあったものの、その後も第1審原告が第3営業日に早朝出勤を続けていることを認識しながら、それ以上注意・指導しなかったことを併せ考慮すると、第1審被告は、第1審原告が、共通コメントの事前チェックのため、第3営業日の早朝に出勤することを黙示的に容認していたものと認めるのが相当である。

などとそれなりに強い「容認」の論理を採用してもいます。

 裁判所の判断は、管理監督者性を争う事件において、使用者側から残業代の発生を容認していたわけではないという主張が出された時に、これに反駁して行くにあたり参考になります。