1.管理監督者性
管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。
残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。
管理監督者とは、
「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」
の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。
一昨日、昨日とご紹介している、名古屋高金沢支判令5.2.22労働判例1294-39 そらふね元代表取締役事件は、③との関係でも、汎用性のありそうな興味深い判断を示しています。
2.そらふね元代表取締役事件
本件はいわゆる残業代請求事件です。
被告(被控訴人)になったのは、株式会社そらふね(本件会社)の代表取締役であった方です。
本件会社は、介護保険法による居宅介護支援事業等を目的とする株式会社です。
原告(控訴人)になったのは、本件会社に介護支援員として雇用されていた方です。平成31年3月1日から令和2年1月10日まで主任ケアマネージャーの地位にありました(令和2年3月。令和2年3月31日をもって本件会社が居宅支援事業所を廃止したうえ、同年6月30日に解散の株主総会決議をしたことを受け、代表取締役であった被告に対し、取得できるはずであった未払時間外勤務手当を損害として、その賠償を求める訴えを提起しました。一審が原告の請求を棄却したため、原告側から控訴したのが本件です。
本件では損害発生の前提となる未払時間外勤務手当の存否に関連して、原告の管理監督者性が問題になりました。
③との関係でいうと、原告の賃金は、主任ケアマネージャー就任前、
基本給 17万0000円
資格給 1万0000円
役職手当 3万0000円
の合計21万円でした(ただし、固定残業手当9万円)。
しかし、ケアマネージャー主任就任後には、
基本給 22万1000円
資格給 1万5000円
オンコール手当 1万0000円
役職手当 7万0000円
役職責任手当 2万4000円
の合計34万円になりました。
このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、主任ケアマネージャーに就任したからといって、管理監督者としての地位に相応しい給与が支払われてるわ家ではないと判示しました。
(裁判所の判断・・・黒字=維持された原審判断 赤字=高裁判断)
「被告は、原告が主任マネージャーとなるに際し、基本給、資格給及び役職手当をいずれも増額していると主張し、これらの額が増額されていることは上記・・・で認定のとおりではある。」
「もっとも、証拠・・・によれば、原告が主任ケアマネジャーに就任する以前については固定残業手当に加えて固定残業手当超過部分については普通残業手当も支給されていたこと、平成31年1月度(平成30年12月分)の給与は普通残業手当を含めて33万7663円であったことが認められるが、この額は原告が主任ケアマネジャーに就任後の支給額34万円と3000円余りしか差がなく、原告の主任ケアマネジャー就任前と比較して就任後の給与が、管理監督者としての地位にふさわしいものであるというに足りないし、証拠(甲28)によれば、平成30年9月における介護支援専門員の平均給与額は35万0320円であったことが認められるところ、主任ケアマネジャー就任後の原告の給与額が、一般の介護支援専門員との比較で有利な待遇を受けているものともいい難い。」
「被控訴人は、控訴人が労働時間を自己の裁量で管理できたことからすれば、固定残業代やこれを超過した普通残業手当を含めた賃金と主任ケアマネージャー就任後の賃金を比較すべきではなく、これらを除いて比較すれば、控訴人の賃金は21万円から34万円に6割以上増額していると主張する。」
「しかし、控訴人が労働時間を自己の裁量で管理できていたという前提自体を採用できないほか、管理監督者としてふさわしい待遇であるか否かは、従前支給を受けていた残業代の支給を受けられなくなっても、なお、管理監督者にふさわしい待遇であるかという観点から検討すべきものであるから、被控訴人の主張は採用し得ない。」
「また、被控訴人は、控訴人の給与額を介護支援専門員の全国平均の給与額と比較することについて、地域差が考慮されておらず妥当でないと主張するが、本件会社所在地における介護支援専門員の平均給与額と全国平均の給与額とがかい離しているのであればともかく、かかるかい離があるのか、あるとしてどの程度であるかを認めるに足りる証拠はない。」
3.残業代の支給が受けられなくなっても、なお管理監督者に相応しい待遇か?
裁判所が述べた理屈のうち、
「従前支給を受けていた残業代の支給を受けられなくなっても、なお、管理監督者にふさわしい待遇であるかという観点から検討すべきものである」
という部分は、割と汎用性があるフレーズだと思います。管理職になって却って年収が下がった/管理職になっても年収がそれほど変わらなかったという事案を目にすることは、実務上、少なくないからです。
裁判所の判断は、収入増を伴わない昇進先のポジションが管理監督者であることを否定するために活用できる可能性があります。