弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

訴えの追加的変更が時機に後れた攻撃防御方法の却下の対象にならないとされた例

1.時機に後れた攻撃防御方法の却下

 民事訴訟法157条1項は、

「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる」

と規定しています。

 この規定があるため、結審直前に行われる新たな主張や立証の補充は、裁判所によって却下されてしまうことがあります。

 それでは、この時機に後れた攻撃防御方法の却下の対象に「訴えの変更」は含まれるのでしょうか?

 訴えの変更とは、民事訴訟法143条1項に根拠のある制度で、同項は、

「原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。」

と規定しています。

 審理がある程度進んだ段階で、訴訟提起時に意識していなかった費目を請求に追加したり、他に可能性のある法律構成を思いついたりした場合に用いられます。

 請求金額を拡張したり、他の法律構成で請求権を追加したりすることを、「訴えの追加的変更」といいますが、結審直前に行われた訴えの追加的変更が時機に後れた攻撃防御方法として却下されないのかが今日の記事のテーマです。

 昨日ご紹介した、名古屋高金沢支判令5.2.22労働判例1294-39 そらふね元代表取締役事件は、この問題との関係でも参考になる判断を示しています。

2.そらふね元代表取締役事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告(被控訴人)になったのは、株式会社そらふね(本件会社)の代表取締役であった方です。

 本件会社は、介護保険法による居宅介護支援事業等を目的とする株式会社です。

 原告(控訴人)になったのは、本件会社に介護支援員として雇用されていた方です。平成31年3月1日から令和2年1月10日まで主任ケアマネージャーの地位にありました(令和2年3月。令和2年3月31日をもって本件会社が居宅支援事業所を廃止したうえ、同年6月30日に解散の株主総会決議をしたことを受け、代表取締役であった被告に対し、取得できるはずであった未払時間外勤務手当を損害として、その賠償を求める訴えを提起しました。一審が原告の請求を棄却したため、原告側から控訴したのが本件です。

 原審において、原告は、被告が本件会社の代表清算人として回収した売掛金135万0945円を未払残業代の支払に充てなかったことが任務懈怠にあたるとして、清算人の責任に基づく損害賠償請求を追加しようとしました(訴えの追加的変更)。

 しかし、原審は、時機に後れた攻撃防御方法であるとして、原告による訴えの追加的変更を許しませんでした。

 これに対し、本件控訴審は、残業代請求を認容した関係で結論に影響しないとしながらも、次のとおり述べて、訴えの追加的変更を時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下した原審の判断を誤っていると判示しました。

(裁判所の判断)

原審は、控訴人が追加した、被控訴人の勤務先会社の代表清算人としての任務懈怠に基づく損害賠償請求を時機に後れた攻撃防禦方法として却下したが、訴えの追加的変更は攻撃防禦方法(当事者がその判決事項に係る申立てが正当であることを支持し、又は基礎づけるために提出する一切の資料)の提出ではないから、時機に後れた攻撃防禦方法としてこれを却下した原審の措置は誤っている。

「原審の措置を、控訴人による請求の変更を不当であると認めてその変更を許さなかったもの(民事訴訟法143条4項)と解したとしても、上記の訴えの追加的変更に係る請求は、被控訴人が本件会社の代表清算人として回収した売掛金135万0945円を未払残業代の請求に充てなかったことを任務懈怠であると主張するものであるところ、仮にかかる任務懈怠があっても認容される損害額は上記売掛金の額が限度となり、会社法429条1項に基づく損害賠償の認容額を上回らないことから、原審の措置の当否は結論に影響を与えない。」

3.残業代請求で活用できるか?

 私自身について言うと、訴訟の終盤で請求を拡張したり、請求権を追加したりしなければならない事態になったことはあまりありません。

 それでは、なぜ、この問題をテーマに取り上げたのかというと、時間のかかる残業代請求等で効果を発揮する可能性があるからです。

 民法405条は、

「利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる」

と規定しています。

 賃金の支払の確保等に関する法律6条1項は、

「事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金・・・の全部又は一部をその退職の日・・・までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。」

と規定しており、これを受けた同法律施行令1条は、

「賃金の支払の確保等に関する法律・・・第六条第一項の政令で定める率は、年十四・六パーセントとする。」

と規定しています。

 残業代も賃金(割増賃金)であるため、退職した労働者が残業代を請求する場合、退職日の翌日から14.6%の遅延利息が発生します。

 タイムカード等のない事案で残業代を請求すると、会社側が請求対象期間の日々の時間外勤務の立証を逐一求めてくることがあります。このような事案では審理に何年もかかることが珍しくありません(私の手持ちの残業代請求訴訟事件の中にも令和元年初期に訴えを提起したものがあります)。こうした事案で、期日毎に14.6%の割合で発生する遅延利息を元金に組み入れる意思表示をしながら訴訟を追行すると、複利に近似する形で雪達磨式に請求金額が膨れ上がって行きます。

 こうして膨れ上がった金額を訴訟上の請求に組み込むためには、上述の「訴えの追加的変更」により請求を拡張する必要があります。時機に後れた攻撃防御方法として却下されるリスクを考えると、遅延利息の元金組み入れは、人証調べの手前くらいで締め切って、訴えの追加的変更の手続をとっておく必要がありました。

 しかし、訴えの追加的変更が時機に後れた攻撃防御方法にならないのであれば、遅延利息の元金組み入れを人証調べの手前と言わず、結審の直前まで行い続けられる可能性があります。組み入れられた元本に対応するように請求を追加的に変更したとしても、「これにより著しく訴訟手続を遅滞させること」という条件が充足されるとは考えにくいからです。

 訴えの追加的変更に時機に後れた攻撃防御方法の適用はない、このことは知っておくと意外と活用できる知識になるのではないかと思います。