1.公務員の配転で審査請求に関する教示がされない問題
国家公務員法89条1項は、
「職員に対し、その意に反して、降給し、降任し、休職し、免職し、その他これに対しいちじるしく不利益な処分を行い、又は懲戒処分を行わうとするときは、その処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」
と規定しています。
そして、同条3項は、
「第一項の説明書には、当該処分につき、人事院に対して審査請求をすることができる旨及び審査請求をすることができる期間を記載しなければならない。」
と規定しています。
こうした規定があるため、懲戒処分や分限処分を受けた公務員の方は、
人事院に審査請求をできること、
審査請求をするにあたっての期間制限(説明書受領の日の翌日から3か月 処分があった日の翌日から1年 国家公務員法90条の2)、
を書面により各日に認識することができます。
しかし、配転の局面では、話はそう単純ではありません。
国は、職員への配転を、基本的に「いちじるしく不利益な処分」であるとは認識していません。したがって、配転を命じる処分を行っても、
人事院に審査請求できること、
審査請求をするにあたっての期間制限、
が職員に書面で教示されることはありません。
その結果、配転の効力を争う権利は、過誤による失権が生じやすくなっています。
具体的に言うと、配転が「いちじるしく不利益な処分」であるとして出訴しても、国側から審査請求前置の欠缺による不適法却下を主張されることになります。
審査請求可能な処分の取消を求めて裁判所に出訴するためには、原則として審査請求が前置されている必要があります(国家公務員法92条の2)。これを審査請求前置といいます。審査請求が前置されていない場合、処分の取消を求める訴えを提起しても、不適法却下されることになります。
それでは、「いちじるしく不利益な処分」ではないとして、処分の取消を求めて裁判所に出訴した場合はどうでしょうか。
この場合は国家公務員法の趣旨を理由に、国側から不適用却下を主張されることになります。この場合の国側の論理は、
国家公務員法は不服申立・出訴できる処分を89条1項に規定されている処分に限定している、
89条1項に規定されている処分に該当しない処分(ちょっとやそっとの不利益があったとしても「いちじるしく不利益」であるとはいえない処分)は、取消訴訟の対象としての適格性を有しない、
というものになります。
つまり、公務員の配転では、審査請求をしないと失権してしまうにもかかわらず、国から審査請求の可能性・期間が教示されないという危険な扱いになっています。
それでは、審査請求をしないまま配転を命じる処分の取消を求める訴えを提起してしまい、そのまま漫然と審査請求期間を徒過させてしまった場合、もう救済を受ける余地はなくなってしまうのでしょうか?
この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.1.5労働判例ジャーナル111-40 国・東京矯正管区長事件です。
2.国・東京強制管区長事件
本件は法務教官として任用され、八王子少年鑑別所に勤務していた原告が、東京強制管区長から受けた平成31年4月1日付けで茨木農芸学区院に配置換えする旨の処分(本件処分)の適法性を争い、その取消を求めて出訴した事件です。
原告は、勤務地の変更を伴い、著しく家庭の事情を無視しているなどと主張して、本件処分は「いちじるしく不利益な処分」に該当すると主張しました。
しかし、国から審査請求が可能であること等が教示されなかったため、原告は、審査請求を前置しないまま、配置換え処分の取消を求める訴えを提起しました。結局、訴訟追行中に審査請求は行ったものの、審査請求をしたのは令和2年2月25日とかなり時間が経った後になったうえ、取消訴訟の口頭弁論終結時点でも裁決は出ていない状態でした。
そのため、国は、
「仮に本件処分につき取消しを求める訴えの利益が認められるとしても、審査請求に対する人事院の裁決を経た後でなければ本件処分の取消しの訴えを提起することができないところ(国公法92条の2)、原告は本件処分の取消しを求める訴えを提起する前に審査請求をしておらず、審査請求による裁決を経ていない。」
などと述べて、原告の訴えの不適法却下を求めました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の訴え不適法却下しませんでした。
(裁判所の判断)
「本件処分は『いちじるしく不利益な処分』(国公法89条1項)に該当し、その取消しを求める法律上の利益があるといえる。」
「次に、審査請求前置について検討すると、前記前提事実・・・のとおり、原告は審査請求をせずに本件処分の取消しの訴えを提起しているから、訴訟提起時において本件処分の取消しの訴えは不適法であったが、前記・・・のとおり、原告は、処分説明書(国公法89条1項)を受領していなかったところ、本件第1回弁論準備手続期日において被告が審査請求前置の要件を充足しておらず本件処分の取消しを求める訴えは不適法である旨主張したことを受けて、前記前提事実・・・のとおり、本件処分があった日の翌日から起算して1年を経過していない日である令和2年2月25日付けで、人事院に対し、審査請求期間内に本件処分を不服として審査請求をしており(同法90条の2)その後3か月を経過しても裁決がないことからすれば(行訴法8条2項1号参照)、前記瑕疵は治癒され本件処分の取消しの訴えは適法となると解すべきである。」
3.審査請求をしないまま訴訟提起しても救済の余地はある
上述のように、裁判所は、審査請求をしないまま、配転の取消を求める訴えを提起しても、被告国側の審査請求の欠缺を理由とする不適法却下の主張が出てきてから審査請求をしていれば、救済される余地を認めました。
地裁レベルの裁判例ですし、配転の効力を争う場合に、国から教示されなくても審査請求を行うのがセオリーであることには変わりありません。
しかし、審査請求前置を失念したまま取消訴訟を提起してしまったとしても、直ちに失権するわけではないことは、銘記しておく必要があります。