弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理監督者性の抗弁が否定される一方、固定残業代の有効性が認められた例

1.両立しにくい不思議な主張

 残業代請求をした時に、会社側から「原告は管理監督者に該当するから、残業代を払う義務はない。」と反論されることがあります。こうした反論がなされるのは、労働基準法上、管理監督者に対して時間外勤務手当(残業代)を支払う必要がないとされているからです(労働基準法41条2号)。

 また、これと同時に、賃金を構成する一定の手当が残業代の趣旨であるとして、残業代が(一部)弁済済みであるという主張(固定残業代の主張)が出されることもあります。

 しかし、二つの主張は、論理的に両立しにくい関係にあります。

 管理監督者に該当するのであれば、残業代を支払う義務がないことになるため、一定の手当を残業代の趣旨で支払っていたというのは、義務もないのにお金を支払うという不思議なことをしていたことになります。また、残業代を支払う義務があったことを自認するのであれば、管理監督者であるという主張は論理的に成立しません。

 こうしたことから、管理監督者性と固定残業代の両方の主張が出される場合、基本的には全額の支払義務を否定する管理監督者性が中心的な争点となり、管理監督者性が否定されれば、固定残業代に関する主張も否定されることになります。それは、労働者側から、

「残業代を払う必要のない者(管理監督者)だと認識していたのであれば、当該手当を残業代であるとの趣旨のもとで支払っていたのは論理的でない。」

と熾烈に攻められ、実務上はそれに一定の説得力のあることが多いからです。

 しかし、近時公刊された判例集に、管理監督者性を否定しながら、労働者に支給されていた一定の手当に残業代としての性質を認めた裁判例が掲載されていました。

 昨日、一昨日とご紹介させて頂いている大阪地判令2.12.17労働判例ジャーナル109-22 福屋不動産販売事件です。

2.福屋不動産販売事件

 被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員3名です(P1~P3)。

 原告のうちP2は、被告に吸収合併された株式会社福屋不動産販売(奈良)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。また、原告P3は、同じく被告に吸収合併された株式会社福屋不動産(牧方)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。

 本件では、被告から、管理監督者であるとの主張が出されるとともに、原告P2、原告P3に支払われていた職務手当が固定残業代であるとの主張が出されました。

 固定残業代に関する主張は、被告の賃金規程において、職務手当が、

「営業職及び業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金29時間相当額を支給する。」

「仲介営業職、法人営業職及び、業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金20時間相当額を支給する。」

と定められていたことが根拠とされていました。

 これに対し、原告らは、

「原告P2及び原告P3に支払われた職務手当は、賃金29時間相当額又は20時間相当額になっておらず、賃金規程の改定に関わらず金額が増減している。また、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)は、原告P2及び原告P3の時間外労働時間を把握しておらず、原告P2及び原告P3を管理監督者と考えて職務手当を支払っていた。したがって、職務手当は割増賃金として支払われたものではない。

と反論し、被告の主張を争いました。

 裁判所は、原告P2、P3の管理監督者への該当性を否定したうえ、次のとおり判示して、職務手当を固定残業代として扱うことを認めました。

(裁判所の判断)

「本件旧賃金規程(奈良)及び本件旧賃金規程(枚方)には、第25条(職務手当)1項に『営業職及び業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金29時間相当額を支給する。』、本件新賃金規程(奈良)及び本件新賃金規程(枚方)には、第26条(職務手当)1項に『仲介営業職、法人営業職及び、業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金20時間相当額を支給する。』と定められている・・・。そうすると、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)の職務手当は、時間外労働等に対する対価として支払われており(最高裁判所平成30年7月19日第一小法廷判決・労判1186号5頁等参照)、また、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分とを判別できるものと認められる(最高裁判所昭和63年7月14日第一小法廷判決・労判523号6頁、最高裁判所平成24年3月8日第一小法廷判決・集民240号121頁等参照)。」

「上記のとおり、職務手当を割増賃金として支給する旨明確に定められている以上、原告P2及び原告P3に支払われた職務手当が、賃金29時間相当額又は20時間相当額になっていないとしても、また、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)が、原告P2及び原告P3の時間外労働時間を管理していないとしても、さらに、原告P2及び原告P3を管理監督者と扱ってきたとしても、職務手当が時間外労働等に対する対価として支払われたことが否定されるものではない。

「以上によれば、原告P2と福屋不動産販売(奈良)、原告P3と福屋不動産販売(枚方)との間には職務手当を固定残業代として支払う合意があり、また、その明確区分性もあって有効なものと認められる。」

3.あながち泡沫主張として排除できるものではないかも知れない

 管理監督者扱いをしておきながら、残業代を払っていたという主張は、矛盾を含むため、一般論として言えば、労働者側にとっては、それほど脅威になる主張ではないと思います。

 しかし、本件のような裁判例もあるため、規定のされ方によっては、あながち泡沫主張として排除できるものではないのかも知れません。