弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

手書きのメモによる労働時間立証が認められた例

1.手書きのメモと労働時間立証

 残業代請求の局面で、手書きのメモも証拠になると言われることがあります。

 確かに、民事裁判においては、手書きのメモでも証拠として取調べの対象にはなります。しかし、それで具体的な始業時刻、終業時刻の認定まで行きつくかというと、手書きのメモでは、そこまでの信用性を認めてくれないことが少なくありません。

 ただ、使用者側が労働時間管理を全くしていなかったり、具体的な反論を放棄しているような場合には、手書きのメモによる労働時間立証が認められることもあります。近時公刊された判例集に掲載されている大阪地判令2.12.25労働判例ジャーナル109-40 WISEONE事件も、そうした事案の一つです。

2.WISEONE事件

 本件は、飲食店を営む株式会社である被告で勤務していた方が原告となって、退職後に時間外勤務手当等を請求した事件です。

 この事件で、原告は、出退勤状況を手書きで記録した「出勤帳」というメモに基づいて労働時間を立証しようとしました。

 被告会社は、これを虚偽だと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、出勤帳による労働時間立証を認めました。

(裁判所の判断)

「原告の勤務状況に関して、

〔1〕本件店舗は、開店時刻が午前11時、閉店時刻が翌日午前5時であり、定休日はなかったところ、うどん、焼き肉、もつ鍋等のメニューを取り扱っており、肉のブロックのカット、ホルモンの解凍、焼き肉の網の交換、たれの補充、アルコールの提供、うどん等のメニューの調理、配膳、片付け、レジ対応等の業務があったこと、

〔2〕原告が被告に入社した平成26年7月当時、本件店舗には4名の社員がおり、3交代制のシフトにより本件店舗を運営していたが、約1年の間に原告以外の3名が退社し、以後、社員は原告一人で運営するようになったこと、

〔3〕そのため、原告は、店を開けて仕込みをした後、アルバイトと共に、接客、注文受け、ホール、配膳、片付け、レジ対応をするという勤務状況となり、深夜には原告が一人で店を切り盛りしなければならないことも多く、開店から閉店まで原告が本件店舗に常駐しなればならない日が増え、夜の営業準備を終えた午後3時から午後7時までの間に仮眠をとる状態となっていたこと、

以上の事実が認められる。」

「また、上記各証拠及び弁論の趣旨によれば、原告が出退勤記録簿として提出する「出勤帳」と題する手書きメモ(・・・以下、単に「出勤帳」という。)の作成経緯及び作成状況に関し、

〔4〕本件店舗において、平成28年12月に、アルバイトが本件店舗で友人に無料で料理を提供するという不正行為があったことを契機に、社員である原告のシフトが本件店舗のシフト表に掲載されなくなったこと、

〔5〕そこで、原告は、自身の勤務実態を記録化するために、出勤帳に出退勤状況を手書きで書き留めて記録するようになったこと、

〔6〕原告は、前もって出勤予定を記載していた2018年2月分・・・を除き、毎日の勤務を終えた帰宅後にその都度、出勤帳に書き留めていたこと、

以上の事実が認められる。」

「上記〔1〕ないし〔3〕の各事実に鑑みると、原告は、平成29年8月1日以降も、本件店舗の唯一の社員として、連日、恒常的に本件店舗に長時間滞在し、営業時間中は仮眠や休憩の時間を除いて概ね本件店舗の業務全般に携わっており、その繁忙度も高かったと認められるところ、出勤帳に記載された出退勤時刻及び休憩時間は、かかる原告の勤務実態と整合的である。また、上記〔4〕ないし〔6〕の各事実によれば、原告が出勤帳を作成するに至った経緯に不自然な点はなく、作成状況に特に記録の正確性を疑わせるような事情も窺われず、他方、使用者である被告は、原告の労働時間を示す資料を何ら提出しない。

以上によれば、原告の提出する出勤帳には、原告が前もって出勤予定を記載していたという平成30年2月分・・・を除き、原告の実際の労働時間を記録したものとして信用性を認めることができる。

これに対し、被告は、原告の主張する労働時間は、原告が自身に有利になるように作成した出退勤の記録に基づいて計算された虚偽の内容である旨主張するが、上記・・・で認定説示したとおり、理由がない。

3.意外と引用機会のある類型

 残業代請求をしていると、使用者側が客観的方法による労働時間管理を放棄しているような事案であっても、裁判所から立証のハードルを緩めることに難色を示されることが少なくありません。

 そうした場合、メモ等の客観性にやや難点のある証拠であったとしても、これに基づいて労働時間の立証が認められるべきであることを力説して行くことになりますが、この作業を行う時に、メモ等による労働時間立証が認められた裁判例をストックしておくと、意外と役に立ちます。

 本件も、ストックとなる裁判例の一つとして、記憶しておいて損のない裁判例だと思われます。