1.管理監督者のに相応しい賃金
管理監督者には、時間外勤務手当(残業代)を支払う義務がありません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職には残業代を支払う必要がないと言われているルールです。
この管理監督者への該当性は、
① 職務内容、権限および責任の程度、
② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、
③ 賃金等の待遇、
を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。
このうち、③の賃金等の待遇については、
絶対的な意味での金額が幾らなのか、
勤務先の中で相対的にどれくらいの位置にあるのか、
という二つの観点から考察がなされます。
幾ら会社の中で相対的に高い順位に位置していたとしても、絶対的な意味で低い金額しかもらっていなかったとすれば、管理監督者に相応しい待遇とはいえません。
逆に、絶対的な意味で高い金額をもらっていたとしても、その会社の中では低い部類に属するのであれば、やはり管理監督者に相応しい待遇とはいえません。
それでは、裁判所が考える絶対的な意味での管理監督者に相応しい賃金は、一体幾らくらいとされているのでしょうか?
昨日ご紹介した大阪地判令2.12.17労働判例ジャーナル109-22 福屋不動産販売事件は、この問題を考えるにあたっても、有益な示唆を含んでいます。
2.福屋不動産販売事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告の元従業員3名です(P1~P3)。
原告のうちP2は、被告に吸収合併された株式会社福屋不動産販売(奈良)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。また、P3は、同じく被告に吸収合併された株式会社福屋不動産(牧方)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。
原告P2に支払われていた賃金は、平成27年の年収が761万9300円(福屋不動産販売(奈良)の従業員中9位)で、平成28年の年収が891万9300円(福屋不動産販売(奈良)の従業員中5位)でした。
原告P3に支払われていた賃金は、平成27年の年収が946万6754円(福屋不動産(牧方)の従業員中2位)、平成28年の年収が1166万4238円(福屋不動産(牧方)の従業員中1位)でした。
いずれも店長職にあったうえ、比較的高額の賃金を得ていたことから、管理監督者性の有無が争点になりました。
裁判所は、原告P2、原告P3の待遇について、次のとおり判示し、いずれの管理監督者性も否定しました。
(裁判所の判断)
・原告P2の管理監督者性
(前略)
「原告P2は、7万円の役職手当を受領していたが・・・、福屋不動産販売(奈良)において、管理職としては扱われていないアシスタントマネージャー・・・の役職手当が3万円であることからすると・・・、その差額が管理職としてふさわしいものであるとまではいえない。また、原告P2の平成27年の年収が761万9300円、平成28年の年収が891万9300円であり・・・、福屋不動産販売(奈良)の従業員の中では高額であるものの(同従業員の平均年収は、平成27年が490万9654円、平成28年が536万1270円であった・・・)、客観的に特に高額であるとまではいえない。」
「以上の検討を総合すると、上記イのとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかではあったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性や〔3〕賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告P2が管理監督者であったとは認められない。」
・原告P3の管理監督者性
(前略)
「原告P3の平成27年の年収が946万6754円、平成28年の年収が1166万4238円であり・・・、福屋不動産販売(枚方)の従業員の中では高額であった(同従業員の平均年収は、平成27年が390万4280円、平成28年が330万1419円であった・・・)」
「もっとも、原告P3は、7万円の役職手当を受領していたが・・・、福屋不動産販売(枚方)において、管理職としては扱われていないアシスタントマネージャー・・・の役職手当が3万円であることからすると・・・、その差額が管理職としてふさわしいものであるとまではいえない。」
「以上の検討を総合すると、上記・・・のとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかであり、〔3〕賃金等の待遇も相応に高いものであったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告P3が管理監督者であったとは認められない。」
3.900万円程度が一つの目安か?
上述のとおり、裁判所は900万円に満たない原告P2の賃金を、
「客観的に特に高額であるとまではいえない。」
「賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず」
と評価する一方、年収が900万円を超える原告P3の賃金を、
「賃金等の待遇も相応に高いものであった」
と評価しました。
管理監督者に相応しい賃金額に関する裁判例は多々ありますが、本件の特徴は、
原告が複数いたため基準が比較的分かりやすく可視化されている点
900万円と比較的高い水準にラインが引かれている点
にあります。
残業代を請求する訴訟をしていると、年収が600万円、700万円といった水準でも、管理監督者性の主張を抗弁として出されることが結構あります。
こうしたケースにおいて、本裁判例は、賃金等の待遇が絶対的な意味で管理監督者に相応しいとはいえないことの根拠として活用できる可能性があり、覚えておいて損のない事案であるように思われます。