弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働時間管理が緩やかでありながら管理監督者性が否定された事例

1.管理監督者

 管理監督者には時間外勤務手当(残業代)を支払う義務がありません(労働基準法41条2号参照)。しかし、法律概念としての管理監督者に該当しないにもかかわらず、管理監督者に該当すると強弁したところで(いわゆる名ばかり管理職)、時間外勤務手当の支払い義務を免れるわけではありません。そのため、管理監督者への該当性は、残業代請求の可否と結びつく論点として、しばしば熾烈に争われることになります。

 労働基準法上の管理監督者への該当性は、

① 職務内容、権限および責任の程度、

② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、

③ 賃金等の待遇、

を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。

 この三つの要素がいずれも管理監督者性を基礎づけている、あるいは、基礎づけていないという場合、管理監督者性の判断は比較的容易です。

 しかし、ある要素は管理監督者を肯定する方向で考えられるものの、他の要素は否定的に考えられるといった場合、管理監督者への該当性の判断は、微妙かつ困難なものになりがちです。

 近時公刊された判例集に、②の観点から労働者への労働時間管理の緩やかさを認めながらも、①、③の観点から管理監督者性を否定した裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.20労働判例ジャーナル105-36 石田商会事件です。

2.石田商会事件

 本件は解雇された労働者が、時間外勤務手当等の支払いを求め、裁判所に訴訟提起した事案です。

 本件で被告になったのは、日用雑貨、食料品、書籍雑誌、服飾雑貨、タバコ、酒類の販売等を目的とする株式会社で、婦人服や紳士服、日用雑貨等を販売する小売店を営んでいました。

 原告になったのは、被告で統括バイヤーとして働いていた方です。統括バイヤーとして一定の職位にはありましたが、これが管理監督者に該当するのかが争点の一つになんりました

 裁判所は、次のとおり述べて、労働時間管理が緩やかであることを認めながら、管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「管理監督者性については、〔1〕業務内容、権限及び責任の重要性、〔2〕労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度、〔3〕賃金等の待遇を総合的に考慮して判断するのが相当であるから、以下、認定事実を踏まえて検討する。」

「〔1〕業務内容、権限及び責任の重要性について」

「原告は、被告における4番目のポジションである統括バイヤーとして、どのような商品をどの程度仕入れ、当該商品をどの店舗にどのように割り振るかという仕入れ業務及び各店舗への商品の振分け業務等を行い・・・、被告代表者、P5専務及びP6本部長が出席する会議に出席してP4店対策等を担当し・・・、また、自らが幹部であるとの認識の下、他のバイヤーに指示したり、店長に指導を行うこともあった・・・。被告が小売業者であることからすると、商品の仕入れや各店舗の振分けを行う原告の業務は、相当程度重要なものであったといえる。また、原告が仕入れを行うに当たっては決裁を要しなかった・・・。」

「しかしながら、原告は、統括バイヤーという地位にあったとはいえ、営業本部の下に3部門あるうちの商品部という一部門の責任者にすぎず、自らもヤング・ヤングミセス・服飾等の部門のバイヤーとして、その仕入れ作業、売り場の設営等を行っていた。また、他の部門のバイヤーは、雑貨部門のP17のほかは、P5専務やP6本部長という原告より上のポジションの者であった・・・。さらに、原告の下のアシスタントバイヤーも1名ないし3名であり・・・、専従ではなく、店舗の従業員も兼ねるなどしていた・・・。加えて、上記会議も商品部の会議である以上・・・、その責任者である原告が出席するのは当然であり、そのことから直ちに原告が被告の経営に関与していたといえるものではなく、同会議において各対策を決めるに当たって原告が果たした寄与・貢献についても必ずしも明らかでない。この点、被告代表者は、原告がP7店のアルバイトを採用し、P17の採用を強く推薦したと供述するが、これらを裏付けるに足りる証拠はなく、また、原告が上記アルバイトの採用や採用の推薦以上に人事に関わった事情も窺われない。」

「そうすると、原告が管理監督者に相応しい業務内容や権限及び責任の重要性があったとまで認めることができない。」

「〔2〕労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度について」

「P6本部長がタイムカードの打刻を行わない一方、原告は、タイムカードを打刻し、また、業務日誌を提出してその出退勤を管理はされていたものの、原告も認めているようにその打刻は極めてルーズなものであり、出退勤時刻を打刻していない日が多く見られる・・・。さらに、所定始終業時刻よりも遅い出勤又は早い退勤をしている日が見られるも、それによる給料の減額が行われた事実は窺われない。」

「〔3〕賃金等の待遇について」

「原告の賃金額計約31万円は、被告の従業員の中では高額な給料であるが(店長で22万円から27万円・・・)、被告の求人票記載の賃金額が計20万6420円から計49万1180円であったこと・・・からしても、客観的に特に高額な金額とはいえない。」

「以上の検討を総合すると、上記・・・のとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかではあったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性や〔3〕賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告が管理監督者であったとは認められない。」
3.三要素とはいうものの、本質的なのは、①(職務内容、権限および責任の程度)

 上述の判示からも分かるとおり、三要素とはいうものの、管理監督者への該当性の有無に本質的な影響を及ぼすのは、①(職務内容、権限およい責任の程度)です。この要素で管理監督者性が消極と評価されると、②(勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度)や、③(賃金等の待遇)で、ある程度管理監督者性と親和的な評価がされたとしても、管理監督者性は否定されやすいのではないかと思います。

 そのため、②や③で管理監督者への該当性を争いにくいのかなと思われる場合であっても、必ずしも悲観する必要はありません。①の観点から管理監督者とは言えない様相を呈しているのであれば、まだ逆転の芽はあります。

 管理監督者扱いされて時間外勤務手当を支給されていなかった人が管理監督者ではないと判断されると、それに伴って請求可能となる時間外勤務手当は相当な金額に及ぶことがあります。

 時間外勤務手当請求の可否が気になる方は、ぜひ、一度ご相談をお寄せ頂ければと思います。