弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休業命令の濫用-就業できる労働者に対する休職命令は許容されない

1.休職命令

 メンタルヘルスの不調等が疑われ、業務状況の低下が認められる場合、使用者から私傷病休職を命じられることがあります。

 このとき就業規則等に定められている休職命令を出すための要件が満たされていれば問題ないのですが、扱いにくい労働者を職場から排除するため、休職要件を十分に検討しないまま、休職命令が発令されることも珍しくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令和2年7月9日 労働判例ジャーナル105-38 タカゾノテクノロジー事件も、そうした事例の一つです。

2 タカゾノテクノロジー事件

 本件で被告(反訴被告)になったのは、医療機器の製造、販売等を目的とする株式会社です。

 原告(反訴原告)になったのは、被告の従業員の方です。休職命令を受けた後、自然退職という扱いを受けてしました。これに納得できず、大阪地裁に対し、地位確認等を求める訴えを提起したという経過が辿られています。

 裁判所は、原告(反訴原告)の方が不穏な言動を取っていた事実を認めながらも、次のとおり述べて休職命令の適法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「反訴被告は、反訴原告が、

〔1〕平成29年6月上旬の時点で、周囲が静かであるにもかかわらず、周りの会話や梱包の音が気になって業務に集中できないと訴え、集中できた時間とできなかった時間を色分けした表を作成してP3産業医との面談で提出する、

〔2〕成果物の提出を指示すると、成果物の定義が不明であるとの理由で拒み、復職後に行った内容を記載したノートについても提出を拒んだため、復職後に行った内容を把握できるものを提出するよう指示すると、課題のキーワードが「金星」と「雷」であるというメモを提出する、

〔3〕他の社員の入退室や会話内容、トイレ休憩の時間帯に女子トイレに誰がいたかをノートに記録するなどの状況から、1回目の休職時点で発現した適応障害ないし類似する精神疾患が治癒ないし寛解していないことが強く窺われたと主張する。」

「また、反訴被告は、反訴原告に対し、本件各受診命令を行ったが、反訴原告がこれに応じなかったと主張し、これらの事情から、本件各休職命令は、本件就業規則24条1項1号(私傷病により長期に欠勤が見込まれるとき)又は同項6号(その他前各号に準ずる事情があると認めたとき)のいずれかの要件を満たすと主張する。」

「確かに、休職命令発令に当たり、必ずしも医師の確定診断が必要とまではいえないこと、受診命令を拒否した場合に休職命令を発令できる場合があることは反訴被告が指摘するとおりである。また、反訴被告主張・・・の反訴原告の言動があったことは認定事実・・・のとおりである。さらに、これらの事情がある場合に、反訴被告が、反訴原告の1回目の休職の原因となった適応障害への再罹患等の可能性があると考え、反訴原告に対し、改めて専門医の診断を受けるように求めることは、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な措置といえ、反訴被告は、就業規則に定めがないとしても医師の受診を指示することもできる。」

しかしながら、反訴原告の欠勤が続いていたわけではなかったことは認定事実・・・のとおりである。また、反訴被告の主張によれば、反訴原告には入社当初(適応障害と診断されて1回目の休職に至る前)から、同様の言動・トラブルが見られたというのであり、反訴被告自身、復職後の反訴原告の言動が、1回目の休職の時点で発症していた適応障害等の精神疾患が治癒していないためなのか、それとも傷病ではなく反訴原告のパーソナリティに由来するものか判断しかねたと述べている。さらに、P3産業医は、反訴原告が適応障害というより、うつ病等他の何らかの精神疾患を発症している疑いがあるとの所見を持っていたけれども・・・、平成29年8月17日、反訴原告と面談した結果、『今、病気の症状は感じられなかった。現時点で、僕がP1さんに対して就業制限とかアクションを起こすことはない。』旨述べており・・・、その趣旨は、時短勤務や勤務配慮の必要がないというものであって・・・、P3産業医の判断を前提とすると、仮に反訴原告が何らかの精神疾患を発症していたとしても、時短勤務等の必要もない状況であり、そうである以上、反訴原告が更に欠勤する必要がある状況ではなかった。加えて、P3産業医は、上記面談時点で、P14医師が反訴原告を診断した場合、何もないと言われると考えており・・・、反訴被告が本件各受診命令において、反訴被告担当者立会い等を条件としていたのも、P14医師が診断した場合、その診断の当否はともかく、反訴原告の意向を尊重して、適応障害等の精神疾患を再発又は発症していない(あるいは治癒している)との判断がされるものと考えていたためと推測される。そうすると、現に反訴原告の欠勤が続いている状況ではなかった上、産業医及び主治医とも反訴原告が欠勤する必要があるとは考えていなかったのであるから、反訴原告が私傷病により長期に欠勤が見込まれる、又はそれに準ずる事情があると認めることはできない。

「反訴被告は、最高裁判所平成24年4月27日第二小法廷判決や裁判例・・・を引用し、反訴被告が取るべき措置が休職命令しかなかった旨主張するが、いずれも労働者の欠勤が続いた事案であって、本件とは事案を異にする。また、反訴被告は、本件各休職命令が解雇猶予としての休職制度の趣旨に沿ったものである旨主張するが、同制度にそのような趣旨が含まれるとしても、それは能力不足を含む解雇一般を避けるためのものではなく、あくまで労働者の欠勤が続いて就業できないような場合にそのことを理由に解雇することを避けるものであって、反訴原告の欠勤が続いたわけではない本件とは前提が異なる。さらに、反訴被告は、社内に反訴原告が就労する現実的可能性のある部署がなかった旨主張するが、このこと自体は、本件就業規則24条1項1号ないし5号またはそれらに準ずる事情といえるものではない。加えて、1回目の休職までの反訴原告の言動・・・から直ちに復職後の反訴原告の病状を判断できるものでもない。

「以上によれば、本件各休職命令は、その要件を満たしておらず、無効であり、その結果、反訴原告は、本件就業規則29条3号の退職要件を満たしていない。」

3.安易な厄介払いは許されない

 上述のとおり、裁判所は、産業医が就業制限の必要性を認めず、現に欠勤が継続しているわけでもない場合、休職要件が充足されているとはいえないと判示しました。

 本件は労働者側にも一定の不穏な言動のあった事案ですが、だからといって医学的に就業可能な労働者に休職命令を出すことは許されないと判示した点に特徴があります。

 復職できずに自然退職したという事案では、復職要件の充足性に目が奪われがちですが、休職命令の適法性という切り口があることも、常に念頭に置いておく必要があります。