弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

復職にあたり労働者に不当な要求をしたとのことで、復職合意に基づいて復職するまでの間の賃金請求が認められた例

1.復職にあたっての不当な条件設定にどう対応するか?

 休職していた労働者が復職するにあたり、勤務先があれこれと条件を付けようとしてくることがあります。保証人をつけろだとか、労働条件の不利益変更を了承しろだとか、そういったことが典型です。

 しかし、復職の要件は「治癒」だと理解されています。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したのですから、傷病が治癒した労働者からの労務提供は、労働契約の本旨に従ったものです。契約の本旨に従った労務の提供があるのに、その受領を拒絶するのは、使用者側の都合であり、賃金の支払い義務を免れないと帰結されそうです。

 ただ、条件の設定は、労務提供の受領の拒絶に該当するのかという問題があります。例えば、労働条件の不利益変更に対しては、異議を留保したうえで労務を提供し、働きながら、不利益変更の効力を法的に争ってゆくという選択もないわけではありません。こうした考え方に立つと、働かないのは労働者の判断であり、賃金を請求することはできないという考え方も成り立ちそうに思われます。

 それでは、この復職の際に付けられる条件の問題は、どのように理解すればよいのでしょうか? 一昨日、昨日とご紹介している、東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

との関係での裁判所の判示事項です。

 裁判所は、次のとおり述べて、復職合意に基づく復職までの賃金請求(平成27年11月9日~平成28年9月30日までの賃金請求)を認めました。

(裁判所の判断)

「原告が被告会社に対して復職の申出をしたのは、休職期間満了の日(平成29年8月31日)のわずか5日前(同月26日)であり、それまでの原告の休職期間は1年6か月の長期に及んでいた。また、前記・・・に認定のとおり、被告会社の就業規則によれば、被告会社は、原告の復職の当否を、医師を指定して診断を受けさせるなどして検討することが許されている。したがって、被告会社が原告を休職期間満了日の翌日である同年10月1日から復職させなかったことには、やむを得ない事由があったものと解され、また、前記・・・に認定のとおり、原告に対して重ねて医師の意見を求めるなどし、その結果原告が同日から就労できなかったことについては、合理的な理由があったといえ、直ちに被告会社に帰責事由がある労務提供の受領遅滞であったとまでは認められない。」

「次に、前記・・・に認定した被告会社の就業規則中の規定によれば、被告会社は、復職を申し出た原告について、復職の当否を決定することができるほか、原告の状況等を考慮して休職前とは別の勤務地や部署に配置することも可能であると解される。したがって、前記・・・に認定のとおり、原告に対して営業職以外の部署への配置転換や被告会社の東京支社から京都本社への転勤を打診したことは、それ自体、裁量の範囲内として許容されるものと解されるのであって、被告会社が上記のとおり原告の復職後の配置を検討して原告と協議をしていた間についても、被告会社に帰責事由があるというべき労務提供の受領遅滞があったとまでは認められない。」

「しかしながら、前記・・・に認定のとおり、被告会社は、原告に対して東京支社において休職前と同じ配属先に同年11月9日から復職させる旨通知した同年10月27日までには、現に原告を復職させる条件を整えることができていたものである。

そして、前記・・・に説示したところのほか、前記・・・に認定したところによれば、原告が同年11月9日から実際に復職して就労を開始できなかった原因は、被告会社が原告に対し、復職の条件として、法的な根拠なく不当に減じたままの賃金額からさらに裁量労働手当相当額を減じるとし、就業規則上の根拠がないのに保証人を選定して被告会社に提出する誓約書に連署させるよう求め(なお、この点、被告Y1の本人尋問における供述中には、原告が所在不明となったときに連絡を取れる者を指定してもらおうとしたにすぎないとの旨の供述部分があるが、前記・・・の文言と合致しないことに照らし、採用しない。)、欠勤する際には、休職前に原告に対して違法不当な暴力的言動を繰り返していたC事業部長に直接電話連絡することを義務付けるなど、およそ原告が応じる義務がなく内容自体不当な要求をしたことにあるというべきである。

以上によれば、原告の休職期間満了日の翌日である平成27年10月1日から本件復職合意に基づく復職日の前日である平成28年9月30日までのうち、遅くとも前記のとおり被告会社が復職日として指定した平成27年11月9日以降の原告の不就労については、原告が本件雇用契約に基づく債務の本旨に従った労務の提供を申し出ていたのに、被告会社がその責に帰するべき事由により受領を拒絶していたものというべきである。したがって、被告会社は、原告に対し、民法536条2項に基づき、上記平成27年11月9日から平成28年9月30日までの賃金・・・の支給を拒むことができない。

3.被告の争い方を意識しておく必要はあるが・・・

 本件の被告は、

「原告の復職の申出は、労働債務の本旨に従った弁済の提供には当たらないものであった。すなわち、被告会社は、原告に対し、その回復程度を斟酌して、労働の成果を問われないテレフォンマーケット業務中心の内勤業務に就いての復職を命じたが、原告は、被告会社が命じた復職許可の条件を拒否して、復職に応じなかったものである。」

と主張していました。

 つまり、

稼働しながら争うこともできたんだから・・・

という争い方はしていません。

 そのあたりに注意する必要はありますが、根拠のない条件設定に対し、これを使用者の責めに帰すべき事由による労務提供の受領拒絶であると評価して、賃金請求が認められたことは、覚えておいて良い知識だと思います。