弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務成果等を理由として賃金を減額することに法的な根拠がないとされた例

1.使用者による一方的な賃金の減額

 使用者が労働者の業績等を理由に一方的に減額することも、できないわけではありません。ただ、そのためには、一定の厳格な要件が充足されている必要があります。

 例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕617頁以下では、

「労働者に対して個別になされる減給措置が適法かどうかを判断するうえでの理論的なポイントは、①減給が賃金制度上予定されているものか(減給に周知・合理性の要件を満たす就業規則規定など契約上の根拠があるか)、②使用者の措置に違法な差別や権利濫用など強行法規に違反する点はないかの2点にある」

(中略)

「年俸制など労働者の能力や成果の評価に基づいて個別に賃金額を決定する賃金制度において、評価が低いことを理由に賃金が減額されることもある。このような減給措置が適法になされるためには、①能力・成果の評価と賃金決定の方法が就業規則等で制度化されて労働契約の内容となっており、かつ、②その評価と賃金額の決定が違法な差別や権利濫用など強行法規違反にならない態様で行われたことが必要になる。」

といった解説が加えられています。

 近時公刊された判例集に、上述の傍線部との関係で、

賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められていない、

そもそも労働者の賃金を承諾なく減額することが予定されていない、

といった判断を示したうえ、業績評価を理由とする賃金減額の効力を否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件です。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

との関係での裁判所の判示事項です。

 裁判所は、賃金減額の可否について、次のとおり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更するべきものである(労働契約法3条1項)。そして、特に賃金は労働契約の中で最も重要な労働条件であるから、使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要と解するのが相当である。」

「本件についてみるに、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の就業規則である賃金規程中には、被告会社が原告につき前提事実・・・のとおりその承諾なく減額した賃金について、①基準給は本人の経験、年齢、技能、職務遂行能力等を考慮して各人別に決定する(10条1号)、②裁量労働手当は裁量労働時間制で勤務する者に対し従事する職務の種類及び担当する業務の質及び量の負荷等を勘案して基準給の25%を基準として各人別に月額で決定支給する(12条)、③技能手当は従業員の技能に対応して決定、支給する(13条)との規定があることが認められる。そして、上記各規定によっても、上記各賃金が減額される要件(従前支給されていた手当が支給されなくなる場合を含む。)や、減じられる金額の算定基準、減額の判断をする時期及び方法等、減額に係る具体的な基準等はすべて不明であって、被告会社の賃金規程において、賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められているものとはいえない。

「また、証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば、上記賃金規程中には、昇給に係る規定はあるが(21条)、降給については何らの規定もないことが認められ、被告会社の賃金規程は、そもそも降給、すなわち労働者の賃金をその承諾なく減額することを予定していないものといえる。

「以上によれば、被告会社において、原告の業務成果等を理由としてその賃金を減額することには、法的な根拠がないというべきである。このことは、原告の配置や業務が変更されたことによっても左右されない。」

「したがって、その余の点について検討するまでもなく、この点に係る被告会社の主張は理由がない。」

3.「具体的かつ明確な基準が定められていない」とは

 「制度上予定されいてない」「制度化されていない」「具合的かつ明確な基準が定められていない」など色々な呼び方がありますが、こうした講学上の概念の中身は、それほどはっきりしているわけではありません。

 あまり明確に法的根拠が意識されないまま、経営者の感覚的評価によって労働者の賃金が減らされている例は、法律相談をしていて割と良く目にします。

 本件はどのような場合に「具体的かつ明確な基準が定められていない」などといった評価が可能になるのかを知るにあたり実務上参考になります。