弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

支給要件や支給基準が就業規則等で明確に定められていない中、労使慣行を根拠に退職金請求が認められた例

1.退職金の法的性質

 退職金は、賃金である場合と、任意的恩恵的給付である場合とがあります。

 その区別に関しては、

「支給要件や支給基準等が就業規則で定められるなどして、退職金の支給が労働契約の内容になっている場合」が賃金で、

「退職金を支給するか否かがもっぱら使用者の裁量に委ねられており、退職金の支給が労働契約の内容になっているとは認められないもの」が任意的恩恵的給付に該当する

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕583頁参照)。

 賃金は権利として請求することができますが、任意的恩恵的給付にカテゴライズされる金銭は権利として請求することができません。訴訟で任意的恩恵的給付の支払いを求めたとしても、その請求は棄却されることになります。

 このような整理がされている中、近時公刊された判例集に、就業規則等で支給要件や支給基準が明確に定義されていないにもかかわらず、労使慣行を根拠に退職金請求が認められた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令4.6.16労働判例ジャーナル131-52 医療法人社団東聖会事件です。

2.医療法人社団東聖会事件

 本件で被告になったのは、有償診療所(本件医院)や介護センター等の医療施設を経営する医療法人(被告法人)と、被告法人の経営を支配していた個人(被告B)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方多数です。本件の原告らは、未払賃金や解雇予告手当、退職金等を請求する訴えを提起しました。

 退職金との関係で問題になったのは、被告の就業規則の理解の仕方です。

 被告の就業規則上、

「退職金は、3年以上勤務した者に対して、退職または解雇時の勤続年数、退職または解雇の理由、在職時の勤務状況等を考慮して支給します。」

と定められているだけで、金額が明記されているわけでも、算定式が規定されているわけでもありませんでした。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告らによる退職金請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前提事実・・・のとおり、被告法人の就業規則においては、3年以上就労した被用者については、懲戒解雇でない限り、勤続年数、退職又は解雇の理由、勤務状況等を考慮して退職金が支給されることとされている。そして、証拠・・・によれば、被告法人では、

〔1〕3年以上勤務した者が退職する場合には、勤務状況等に余程の問題がない限り、5000円に在職月数を乗じた金額の退職金を支払っていたこと、

〔2〕これまでに勤務状況等に問題があるとされて退職金を減額された者はほとんどいなかったこと

を認めることができる。そうすると、退職金額に関する上記算出方法は、被告法人における労使慣行になっていたということができる。したがって、原告F、原告G、原告H、原告J及び原告Kには、それぞれ5000円に在職日数を乗じた額の退職金請求権が発生している(同人らの勤務状況等に関し、退職金を減額すべき事情は見当たらない。)。

3.労使慣行に基づく退職金請求が認められた例

 労使慣行に基づく退職金請求の可否について、上記『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』585頁には、

「労使慣行に基づく退職金請求権が認められるためには、単に長年にわたって退職金が支給されてきたというだけでは足りず、①一定の基準による退職金の支給が労使にとって規範として意識されていること、②上記基準により当該事案の退職金額を算出できることが必要である」

と記載されています。

 これまでも、就業規則で支給要件や支給基準が明確になっていない事案でも、労使慣行を根拠に退職金請求を認めた裁判例自体は、なかったわけではありません。

 しかし、請求が認められるためのハードルは高く、その数は決して多いとはいえない状況にありました。

 本裁判例は、その多いとはいえない認容例に近時の事案としての一例を加えるものであり、実務上参考になります。