弁護士 師子角允彬のブログ

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役員(理事)に就任したら退職するという役員規程上の規定-これにより自動的に退職したことになるか?

1.役員への就任と退職(一般社団法人の理事)

 以前、

取締役に就任したら退職するという就業規則-これにより自動的に退職したことになるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を執筆しました。

 これは、取締役に就任したら退職するという就業規則の定めがある会社において、取締役に就任しても、必ずしも労働者性を喪失する(退職させられる)ことにはならないことを解説した記事です。

 それでは、取締役ではなく、一般社団法人の理事に就任した場合はどうでしょうか?

 また、根拠規定が就業規則ではなく役員規程であった場合はどうでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.16労働判例ジャーナル117-60 一般社団法人全国育児介護福祉協議会事件です。

2.一般社団法人全国育児介護福祉協議会事件

 本件で被告になったのは、介護保険法に基づく居宅サービス事業等を目的とする一般社団法人です。

 原告になったのは、被告の職員であった方3名です(原告A、B、C)。いずれの原告も理事に就任した後、令和元年6月20日に被告を退職しています。

 本件の原告らが請求したのは、平成31年3月15日支払分から同年(令和元年)7月15日支給分までの未払賃金です。被告は平成31年3月7日以降、役員報酬の支給を停止していました。

 原告らの主張の骨子は、

理事就任後も職員時代の労働契約上の地位は失われていない、

ゆえに労働契約に基づいて賃金を請求する権利があるはずである、

というものです。

 しかし、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律76条1項は、

「理事は、定款に別段の定めがある場合を除き、一般社団法人(理事会設置一般社団法人を除く。以下この条において同じ。)の業務を執行する。」

と規定しています。

 これに対し、労働者とは、

「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下『事業』という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」

と定義されています(労働基準法9条)。

 理事は使用「する」側の役職であって、使用「される」側である労働者の地位とは相容れなそうにも思われます。

 また、被告の役員規程には、

第5条 職員が役員に就任する場合は、職員の資格を失い、退職するものとする
2 上記の場合、本会の退職金規程に基づき、退職金の精算を行う。ただし、使用人兼務役員の場合は、この限りではない

という規定がありました。

 本件では退職金の精算こそ行われていませんでしたが、この規定に従えば、理事に就任した時点で労働者としての地位は失われていると解されてもおかしくありません。

 被告は、原告らが一般社団法人の理事職にあったことを理由に、労働者ではないと反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、原告らの労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告Aは、平成9年11月から被告の前身である全国養護共済会に入職し、その後、被告において勤務していたというのであるから、被告との間で労働契約を締結していたというべきである。」

「そして、前記認定事実のとおり、原告Aは、平成20年12月に被告が一般社団法人化された際、当時の専務であったLに名前を貸してほしいと請われ、被告の理事に就任したのであるが、理事就任後も、職務内容(東京支社長という役職で、推進部において会員の募集活動を行っていた。)に変化はなく、引き続き被告専務理事らの指示に従い業務を行っていたというのである。さらに、始終業時刻や休憩時間は前記前提事実記載の就業規則の規定と同様とされ、タイムカードにより出退勤の管理がされ、休日や有休休暇の取扱いも他の職員と同様であったというのであるから、客観的にみて、上記理事就任後も、引き続き被告の指揮監督下で労務を提供していたと評価することができる。

また、前記前提事実及び認定事実のとおり、原告Aの理事就任後の給与明細書によれば、同人の報酬は、基本給、役職手当等、前記前提事実記載の就業規則の規定に従って定められており、役職手当の額は、同就業規則上、理事兼務部長の場合に支給されるとされている月額6万円となっていること、さらには雇用保険料等の控除もされていることから、従業員と同様の取扱いがされていたといえ、上記労務提供の対価として報酬を得ていたと評価することができる。

加えて、前記前提事実のとおり、被告の役員規程には、職員が役員に就任する場合は、使用人兼務役員となる場合を除き、退職金の精算を行うものとされているところ、前記認定事実のとおり、原告Aが理事に就任する際に退職金の精算は行われていないというのであるから、当事者間においても、使用人兼務役員となることが前提とされていたことが推認される。

以上を総合すれば、原告Aは、上記理事就任後も、被告との間で、労働契約法6条にいう『労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払う』状態にあったものといえ、被告との間に労働契約が存在したことが認められる。

(中略)

「これに対し、被告は、原告らはいずれも理事就任後、被告の理事会構成員となり、業務執行を決定するという職務を担ってきた、原告らはいずれも常勤理事であり、その報酬については、社員総会の議決を経て、総額を理事会で決定した上、個別に理事長の権限に基づいて配分を受けていたなどと主張して、原告らとの間に労働契約が存在しない旨主張する。」

「しかしながら、原告らが被告の理事会構成員となって業務執行の決定に関与することは、原告らが使用人兼務役員であることと矛盾するものではないし、原告らの報酬決定方法が上記のとおりであったと認めるに足りる的確な証拠はないから、被告の前記主張は採用することができない。」

「他に本件全証拠を精査しても、前記判示を覆すに足りる事情は認められない。」

「以上より、原告らには、いずれも労働契約に基づき、被告に対する賃金請求権が認められる。」

3.役員規程で定めようが同じ

 取締役には使用人を兼務することが認められています。一般社団法人の理事は取締役と類似した地位にあり、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の理事の地位に関する規定が使用人(労働者)であることを許容しないものとは考えられません。

 また、労働者か否かは実体によって決まるため、就業規則だろうが役員規程だろうが、退職の根拠となる規程の名称・性質は、結論に差をもたらすようなインパクトはなさそうにも思われます。

 役員に就任すると同時に退職することを定めた規程があるからといって、必ずしも労働者性が失われるわけではありません。退職扱いにされたことに違和感を持つ方は、弁護士に相談してみることをお勧めします。