弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則で「超過勤務手当として取り扱う」とされた手当型固定残業代の効力が否定された例

1.手当型固定残業代の有効要件

 固定残業代とは、

「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」

をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。

 固定残業代には基本給に組み込まれているタイプ(基本給組込型)と手当として支給されるタイプ(手当型)があります。

 手当型の固定残業代の有効要件は、

「当該定額手当が、時間外労働等の対価としての性質を有することが必要となる」

と理解されています(対価性の要件 佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕192頁)。

 ある手当が時間外労働等の対価であることは、就業規則や賃金規程で当該手当の法的性質を規定することにより、比較的容易に立証されてしまう関係にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、就業規則で「超過勤務手当として取り扱う」と明確に規定されていた手当について、固定残業代としての効力を否定された裁判例が掲載されていました。熊本地判令4.5.17労働判例ジャーナル127-52 協同組合グローブ事件です。

2.協同組合グローブ事件

 本件で被告になったのは、原告の元勤務先(被告グローブ)と元上司(被告P3、被告P4)です。

 被告グローブは、広島県福山市に本部を置く事業協同組合です。一般監理業の許可を受け、主に外国人技能実習制度における監理団体となって、組合員のため実習生を受け入れる事業を行っていました。

 原告になったのは、フィリピン国籍であった方です。日本人男性と婚姻し、その後、帰化して日本国籍を取得しました。平成28年2月に被告グローブに職員として採用され、P5支所に所属して、外国人技能実習生(実習生)の指導員として勤務していました。平成30年6月29日の総会で参与に就任した後、同年10月31日に被告グローブを退職しました。

 本件は、退職した原告が、未払割増賃金(残業代)の支払や、ハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償を請求した事件です。

 割増賃金請求との関係では、時間外労働の有無や、固定残業代の効力、管理監督者該当性などが争点になりました。

 固定残業代の効力との関係でいうと、相談対応手当月額2万円が手当型固定残業代の有効要件を満たすのかが問題になりました。本件の事案としての特徴は、相談対応手当について「超過勤務手当として取り扱う」と就業規則で明確に定められていたことにあります。

 普通、このように時間外勤務手当等の対価であることが明確に定められている手当が固定残業代としての効力を否定されることはありませんが、本件の裁判所は、次のとおり述べて、この手当の固定残業代としての効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件についてみると、相談対応手当は、本件就業規則56条3項において、実習生等の母国語等で、実習生等、その実習実施者及び受入企業からの要望を受けて相談対応を行うアルバイト・パートタイマーを除く職員等に支給するものとされるものであり、月額2万円とし、その全額を超過勤務手当として取り扱うものと規定されている。月額2万円が何時間分の時間外労働に相当であるかは本件就業規則や労働条件通知書等において明らかではないが、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うものであるから、これをもって直ちに無効となるものではない。
 しかし、相談対応手当はその全額を超過勤務手当として取り扱うものと規定されているにもかかわらず、その一方で、支給明細書・・・上残業時間に基づいて算定した残業手当から相談対応手当が控除されている旨の記載はない。証人P13は、相談対応手当2万円は、事業場外労働のみなし制による労働時間の13時間分である旨証言する・・・が、本件就業規則や労働条件通知書等にはその旨明記されていない上、相談対応手当が支給されるための要件と事業場外労働みなし制が適用されるための要件とは必ずしも一致しないことからすると、上記証言を採用することはできない。そうすると、相談対応手当は、本件就業規則56条3項の規定にかかわらず、実態として見て、時間外労働等に対する対価として支払われているものと認めることはできない。

「したがって、被告の固定残業代に係る主張は採用することができない。」

3.支給明細書、就業規則や労働条件通知書等、運用実態等などから攻める

 以上のとおり、裁判所は、就業規則で「超過勤務手当として取り扱う」と明記されていた手当の固定残業代としての効力を否定しました。

 就業規則でその法的性質が定義されていても、

想定労働時間数が明記されていないなど踏み込みが甘かったり、

給与明細・支給明細の記載をが欠けていたり、

運用実態等と対照・参照したり

すると、それだけでも固定残業代の有効要件の有効に疑義を抱くことがあります。

 このような場合には、一度、弁護士のもとに行き、本当に固定残業代が有効であるのかを尋ねてみると良いように思われます。