弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

特定の労働者を狙い撃ちにする就業規則の変更による労働条件の不利益変更-該当の労働者への手続保障が必要ではないか?

1.特定の労働者を狙い撃ちにする就業規則の変更

 意に沿わない労働者を退職に追い込むなどの目的で、就業規則が変更されることがあります。変更に合理性がある場合、変更後の就業規則を周知させることにより、労働者の個別同意を得ることなく、労働条件を不利益に変更することができるからです(労働契約法10条参照)。こうして労働条件を悪化させ、当該労働者が自発的に退職するよう圧力をかけて行きます。

 しかし、就業規則の変更を変更するためには、事業場の労働者の過半数を代表する者からの意見聴取を行うことが必要とされています(労働基準法90条1項参照)。

 当たり前ですが、事業場の多数の労働者の労働条件を不利益に変更してしまうような就業規則の変更は、労働者の支持を集めることができません。従業員代表から反対意見が出されてしまうと、変更の有効要件である合理性の判断に影響します。また、ターゲットにしている労働者以外の労働者の大量離職にも繋がりかねません。

 そのため、就業規則の変更を利用して特定の労働者に圧力をかける場合には、しばしば対象者しか影響を受けないような事項が変更の対象として選ばれます。影響の範囲が限定的だと従業員代表からの同意も得られやすくなります。

 しかし、このように従業員代表が十分に機能するとはいえないような場合であったとしても、従業員代表から意見聴取を行いさえすれば、適正な手続が履践されたと言ってよいのでしょうか? 特定の者しか影響を受けないような就業規則の変更の場合には、対象者に対して手続保障を尽くす必要があるのではないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、仙台高秋田支判令4.8.31労働判例ジャーナル131-34 社会福祉法人櫛引福寿会事件です。

2.社会福祉法人櫛引福寿会事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で労働契約を締結し、栄養士として働いていた方です。

 この方は、

主任管理栄養士から主任介護職員に配置転換されたり(本件配置転換)

その後、主任の任を解かれたり(本件降格処分)

しました。

 また、それだけではなく、就業規則と職員給与規程が改正され、賞与の計算方法が原告にとって不利益に変更されました(本件変更)。具体的にいうと、それまで労災事故による休業期間は賞与算定上の在職期間・勤務期間に含まれていたところ、本件変更により、これが算入されない扱いになりました。

 冒頭で紹介したテーマと関係するのは、本件変更の効力です。原告は本件変更は無効であるとして、変更前との差額賞与の請求を行いました。

 一審で差額賞与の請求が棄却されたことを受け、原告(控訴人)は、

「本件変更の時点で、本件変更により本件年末賞与の支給額について影響を受けるのは、控訴人のみであったところ、控訴人に対する意見聴取はされておらず、仮に桃寿荘内で閲覧することが可能であったとしても、出勤していない控訴人が確認することはできなかった。控訴人が、本件変更を知っていたとすれば、本件労災事故を原因として出勤をしない場合、勤務を再開する時期については医師の指導に従うとしても、それまでの間、年次有給休暇を取得するか、特別休暇を取得するか、あるいは休業補償給付・休業特別支給金を受給する休業とするかについては、給与規程が定める賞与の計算方法(労働条件)を考慮しながら、選択することができた。控訴人は、本件変更を知らないまま、本件年末賞与の支給を受けて不審に思い、確認したところ、本件変更を初めて知った。」

「以上によると、本件変更は、特に利害関係を有する控訴人に対し、手続的公正が保たれていたと評価することができず、少なくとも控訴人との関係では相対的に無効である。

などと主張し、改めて差額賞与を請求しました。

 これに対し、被告(被控訴人)は、

「仮に本件変更が労働条件の変更であるとしても、賞与の支給基準を内容とするものであるから、基本給等の月例給与を変更する場合に比して、変更の合理性を緩やかに解すべきである。本件変更による控訴人の不利益の程度は必ずしも大きいとはいえないこと、社会福祉法人である被控訴人は、期末手当及び勤勉手当が過大となることを抑制し、人件費を抑制する高度の必要性を有すること、本件変更後の給与規程は、社会的に許容される内容であり、相当であること、経営状況以外の事情を考慮して、一時金の支給を可能とする代償措置を講じていること、職員一同から意見を聴取し、異論はなかったことからすると、本件変更の合理性が認められる。」

などと反論し、本件変更は有効だと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件変更は無効だと判示し、差額賞与の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件変更の有効性ないしは控訴人に対して適用することの可否について、労働契約法10条本文の要件に照らして検討する。」

「まず、使用者が、就業規則の変更により労働条件を変更する場合、変更後の就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには、その内容の適用を受ける事業場の労働者に実質的に周知させる必要がある(最高裁判所平成15年10月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1138号71頁参照)ところ、本件変更により具体的な不利益を受けるのは控訴人のみであったことがうかがわれるが、同人に対し、同人に生じる具体的な不利益の内容及び程度はもとより、本件変更に関する情報提供や説明すらされた形跡はないこと・・・、行政当局に対する就業規則変更の届出も本件年末賞与の支給後であったこと・・・からすると、被控訴人が、支給前に本件変更後の就業規則(給与規程)を労働者に実質的に周知させたという前提に疑いの余地がある。

「次に、就業規則の変更が認められるためには、それが合理的なものである必要があるところ、賞与は基本的には支給対象期間の勤務に対応する賃金の性質のほか、功労報償的意味のみならず、生活補填的意味及び将来の労働への意欲向上策としての意味が込められていることからすると、業務上負傷に基づく休業期間を勤務期間に含む本件変更前の給与規程も、これを除外する本件変更後の給与規程も、それぞれ相応の合理性を有し、いずれか一方のみが相当であるとはいえない。被控訴人は、人件費を削減する高度の必要性があった旨主張するが、他方で、当該支給対象期間の削減額に対応する控訴人の不利益は小さいなどと主張しているから、本件変更後の給与規程の内容が相当であるとしても、支給対象期間の途中で本件変更を行うまでの必要性があったとはいい難い。また、控訴人の受ける不利益は必ずしも大きくないとしても、本件変更により具体的な不利益を受けるのは控訴人のみであったことがうかがわれ、本件変更時、本件労災事故により負傷し、医師の診断に基づき休業していた控訴人としては、本件変更を踏まえて、年次有給休暇等の取得により、休業期間の調整を図る余地もなかった上、控訴人に対し、緩和措置や一時金の支給等の代償措置も何ら講じられなかった。これら本件変更に関する諸事情に鑑みると、本件年末賞与の支給に当たって、控訴人のみが本件変更による不利益を受けることを正当化する合理的な理由は見出し難い。

「以上によれば、本件変更によって控訴人に対して不利益を課すことは同人に対する手続保障を著しく欠いたものであるから、本件変更は、少なくとも控訴人との関係では相対的に無効であるというべきであり、本件年末賞与の支給額の算定上、被控訴人が、本件変更に基づき、本件労災事故による休業期間を在職期間及び勤務期間に算入しなかったことは違法である。

3.狙い撃ち型の就業規則の変更による労働条件の不利益変更への対抗手段

 本裁判例は、労働条件に不利益な影響を及ぶことが原告(控訴人)だけであることに着目し、

「同人(控訴人)に対する手続保障を著しく欠いたものである」

との理由で本件変更の効力を否定しました。

 これは特定の労働者のみを狙い撃ちにする就業規則の変更については、従業員代表から意見聴取するのみでは手続的に不十分であるとの判断を示したものと理解することができます。

 本裁判例は、狙い撃ち型の就業規則の変更に対抗するための道具としても活用することができそうです。