弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

支給日在籍要件の効力の否定例(死亡退職の場合)

1.支給日在籍要件

 賞与の支給について、支給日に会社に在籍していることが要件とされていることがあります。これを支給日在籍要件といいます。

 就業規則や賃金規程、賞与規程に定められている支給日在職要件は、基本的には有効であると理解されています。

 ただ、

賞与が当初の予定よりも遅れていた場合、

労働者に帰責性のない退職(整理解雇)により支給日に在籍することができなかった場合、

には、支給日在籍要件が無効とされ、賞与の支払請求が認められることがあります(支払の遅延について東京高判昭59.8.28労働判例437-25ニプロ医工事件、整理解雇について東京地判平24.4.10労働判例1055-8 リーマン・ブラザーズ証券事件、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕607-608参照)。

 この支給日在籍要件について、無効となる場合に一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。松山地判令4.11.2労働判例1294-53 医療法人佐藤循環器内科事件です。

2.医療法人佐藤循環器内科事件

 本件で被告になったのは、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告に正職員として雇用されていた亡Aの母親(唯一の相続人)です。

 被告の賃金規程には、

「医院は、

毎年夏季(考課対象期間:10/16~4/15)

及び

冬季(考課対象期間:4/16~10/15)

賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。」

との規定がありました。

 亡Aは平成30年10月16日から平成31年4月15日までの間、被告において継続して勤務していましたが、令和元年6月8日、腸管穿孔により死亡しました。

 被告が支給日在職要件に基づいて賞与を支給しなかったところ、原告の方は、支給日在職要件の適用を争い、亡Aの相続人として賞与の支払を求める訴えを提起しました。

 本件では支給日在職要件の効力が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、亡Aに対する支給日在職要件の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給されるものであり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない。また、前記・・・のとおり、被告における賞与は、賃金の後払いとしての性格、功労報償的な意味合いのみならず、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間より後の在籍の有無を考慮することも認められる。これらに加えて、支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。」

もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。

本件においては、Aが、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから・・・、Aの本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。

また、Aが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、Aにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。

以上のことを考慮すると、Aに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条(平成29年法律第44号による改正前のもの)により排除されるべきであり、Aが本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる。

3.死亡退職の場合

 以上のとおり、裁判所は、死亡退職した労働者にまで支給日在職要件を適用することは公序良俗に反し、許されないと判示しました。

 冒頭で述べたとおり、支給日在職要件が排除される類型に一例を加えるものとして、実務上参考になります。