弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

査定なしでも考課対象期間の満了日の経過をもって賞与が具体的に確定したと評価された例

1.賞与請求権と査定

 賞与の多くは「毎月6月および12月に会社の業績、従業員の勤務成績等を考慮して賞与を支給する」といった規定に基づいて支給されています。このような規定のもと、具体的な支給率・額についての使用者の決定がない場合、

「裁判例の多くは、具体的な額の決定がない以上、賞与請求権は具体的には発生しない」

との立場を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕591頁参照)。

 毎回同様の方法によって長期間にわたり賞与が算定されてきたという実態に照らし、労働契約の意思解釈(黙示の合意の認定)によって賞与請求権の存在を肯定した裁判例もありますが(上記『詳解 労働法』591頁参照)、査定を経ない状態での賞与の請求が認められることは多くはありません。

 このような状況の中、使用者側の査定がなくても、考課対象期間の満了日の経過をもって賞与が具体的に確定した(賞与請求権が具体的な権利として成立した)と判断された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、松山地判令4.11.2労働判例ジャーナル130-1 医療法人佐藤環器内科事件です。

2.医療法人佐藤循環器内科事件

 本件で被告になったのは、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告に正職員として雇用され、有料老人ホーム等で勤務していた方(C)の母親です。Cが急性白血病に罹患し、腸管穿孔により死亡・退職したことを受け、唯一の相続人として、未払賞与を請求したのが本件です。

 被告医療法人側は、大意、

賞与の金額は被告理事長の判断によって最終確定されるところ、その作業がなされたのはCの死亡後である、

賞与には支給日在籍要件があるが、支給日以前に死亡したCは支給日在職要件を満たしていない、

などと賞与の支払義務を争いました。

 前者は要するに査定が経られていないことを指摘するものですが、裁判所は、この問題について、次のとおり述べて、賞与の支給額は具体的に確定していると判示しました。

(裁判所の判断)

「一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有すると共に、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与は、あらかじめ支給額が定められておらず、具体的な算定方式や支給額の決定に当たっては、勤続年数、職種、出勤年数等の客観的要素のほか、勤務実績、人事考課等の使用者の評価も考慮されることが多いものと解される。」

「そうすると、賞与の支払請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。」

「被告における賞与は、本件規程に根拠を持つ金銭給付であるところ、本件規程は、賞与は、毎年夏季及び冬季の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給すること、経営状況の著しい悪化、その他止むを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがあることなどを定めている(18条、19条)。」

「このような定めに照らすと、被告における賞与は、査定の過程を経て、被告の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、前記・・・のような一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。」

「そこで、Cについて、本件夏季賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができるか否か検討する。」

「a 本件規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、前記・・・のとおり、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。

また、前記・・・によれば、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されている被告理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。

これらによれば、考課対象期間中に被告に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。

Cは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、被告において継続して勤務しており、Cに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから,本件夏季賞与の支給額は、本件夏季賞与の考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる。

「被告は、本件運用の下で前年の12月に通知される支給見込み額は飽くまで参考額である、被告理事長の最終的な判断を経て、支給等処理のために会計事務所に夏季賞与額のデータが送付される以前にCが死亡している以上、Cの本件夏季賞与の支給額は具体的に確定していないし、本件夏季賞与の支払請求権は具体的権利として発生していないと主張するが、前記・・・のとおりであるから、採用することができない。」

3.査定なしでも賞与請求が認められた例

 本件では、

「被告は、平成30年12月、Cに対し、本件運用に従い本件夏季賞与の見込み額を34万1300円と通知した

という事実が認定されています。上記は査定そのものではないものの、権利が具体化したと認定するにあたり重要な事実だとは思われます。

 それでも、査定が行われないまま、賞与請求を認めた裁判所の判断は、かなり画期的です。

 冒頭で述べたとおり、査定がなくても賞与請求権が認められる事例は、決して多くはありません。本件は、その数少ない査定なくして賞与請求が認められた事案として参考になります。