弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

考課対象期間の満了日の経過をもって、賞与の金額が具体的に確定したとされた例

1.賞与を具体的な権利として請求するためには・・・

 「会社の業績等を勘案して定める」といったように具体的な金額が保障されていない賞与は、算定基準の決定や労働者に対する成績査定が行われて具体的な金額が明らかにならない限り請求することができないと理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。

 しかし、近時公刊された判例集に、賃金規程の文言上は決定・査定を要する体裁であるにもかかわらず、考課対象期間の満了日の経過をもって賞与の金額が具体的に確定したと判示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、松山地判令4.11.2労働判例1294-53 医療法人佐藤循環器内科事件です。

2.医療法人佐藤循環器内科事件

 本件で被告になったのは、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告に正職員として雇用されていた亡Aの母親(唯一の相続人)です。

 被告の賃金規程には、

「医院は、

毎年夏季(考課対象期間:10/16~4/15)

及び

冬季(考課対象期間:4/16~10/15)

の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。

との規定がありました。

 亡Aは平成30年10月16日から平成31年4月15日までの間、被告において継続して勤務していましたが、令和元年6月8日、腸管穿孔により死亡しました。

 被告が支給日在職要件に基づいて賞与を支給しなかったところ、原告の方は、支給日在職要件の適用を争い、亡Aの相続人として賞与の支払を求める訴えを提起しました。

 本件の被告は、賞与請求権が具体的権利として発生していたとはいえないと主張し、原告の請求を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、賞与の支払請求権は考課対象期間の満了をもって支給額が確定していると判示しました。

(裁判所の判断)

「一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有すると共に、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与は、あらかじめ支給額が定められておらず、具体的な算定方式や支給額の決定に当たっては、勤続年数、職種、出勤年数等の客観的要素のほか、勤務実績、人事考課等の使用者の評価も考慮されることが多いものと解される。」

「そうすると、賞与の支払請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。」

「被告における賞与は、本件規程に根拠を持つ金銭給付であるところ、本件規程は、賞与は、毎年夏季及び冬季の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給すること、経営状況の著しい悪化、その他止むを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがあることなどを定めている(18条、19条)。」

「このような定めに照らすと、被告における賞与は、査定の過程を経て、被告の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、前記アのような一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。」

「そこで、Aについて、本件夏季賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができるか否か検討する。」

本件規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、前記・・・のとおり、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。

また、前記・・・によれば、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されている被告理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。

これらによれば、考課対象期間中に被告に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。

Aは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、被告において継続して勤務しており、Aに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから、本件夏季賞与の支給額は、本件夏季賞与の考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる。

「被告は、本件運用の下で前年の12月に通知される支給見込み額は飽くまで参考額である、被告理事長の最終的な判断を経て、支給等処理のために会計事務所に夏季賞与額のデータが送付される以前にAが死亡している以上、Aの本件夏季賞与の支給額は具体的に確定していないし、本件夏季賞与の支払請求権は具体的権利として発生していないと主張するが、前記・・・のとおりであるから、採用することができない。」

3.一定の算式で金額が決定する扱いの定着

 以上のとおり、裁判所は、基本給×1.5での算定が定着していたことなどを根拠として、支給額は考課対象期間の満了日の経過をもって具体的に確定すると判示しました。

 決定や査定がなくても賞与を請求できる場合として、実務上参考になります。