弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

査定がなくても最低額以上の賞与を請求できた例

1.解雇無効の場合の賞与の取扱い

 解雇の効力を争って労働契約上の権利を有する地位の確認を求める事件では、解雇が無効であることを前提に、未払賃金を請求するのが通例です。しかし、これに加えて賞与を請求することは、あまりありません。これは、就業規則上「会社の業績等を勘案して定める」程度の記載しかない場合、「各時期の賞与ごとに、使用者が査定基準を決定し、労働者に対する成績査定等をしない限り(又は労使で金額を合意しない限り)、具体的な権利として発生しない」と理解されているため(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕46頁参照)、請求してもあまり意味のない場合が多いからです。

 しかし、「就業規則又は労働契約書等において、支給時期及び支給金額が具体的に算定できる程度に算定基準が定められている場合には、使用者の成績査定等を要することなく、具体的な権利として発生する」ため、解雇無効の場合にも賞与を請求額に計上することがができます(前掲『労働関係訴訟の実務』46頁参照)。

 それでは、その中間的な形態では、どのように理解されるのでしょうか?

 具体的には、賞与を支給すること自体は決められているものの、支給金額に幅がある場合です。この形態の賞与請求の可否について、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.24労働判例ジャーナル113-60 michil事件です。何が興味深いのかというと、最低額ではなく、パフォーマンスを100%達成した場合の額を請求できると判断されていることです。

2.michil事件

 本件で被告になったのは、経営コンサルティング事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約(本件雇用契約)を締結していた方です。被告は平成31年2月28日付けで合意退職が成立したと主張しました。しかし、原告は退職の意思表示をしたことはないとしてこれを争い、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認のほか、未払賃金・未払賞与を請求する訴えを提起しました。

 本件の特徴は賞与請求に関する判断にあります。

 本件雇用契約では、賞与について、

「夏期・冬期に各77万円
パフォーマンス評価あり。会社業績及び個人業績に基づき、50%~200%の範囲で変動あり。上記金額は、100%の達成率であった場合。」

と定められていました。

  原告は、

「本件雇用契約は終了していないところ、原告は、被告における勤務を継続していれば、パフォーマンス評価として100%の評価を受けられた。」

と主張しましたが、被告は、

「本件雇用契約は平成31年2月28日に終了しているから、平成31年3月分以降の給与並びに令和元年夏期及び令和2年冬期の賞与の各支払請求は理由がない。また、賞与については、会社業績や個人業績、パフォーマンス評価などによって変動があるから、原告が被告に対して各期ごとに77万円の支払請求権を有しているわけではない。」

とこれを争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、各期77万円の賞与請求を認めました。

(裁判所の判断)

「賞与については、判断の前提となる事実・・・のとおり、パフォーマンス評価による変動が前提とされているものの、その変動幅は50%~200%であること、原告が被告における勤務を継続していれば、100%に相当するパフォーマンス評価を受けることができた可能性が高いこと(原告本人、弁論の全趣旨)からすれば、原告は、令和元年夏期(8月)及び令和2年冬期(2月)の賞与として・・・、少なくとも上記100%に相当する金額(各77万円)の支払を受けることができたと認めるのが相当である。

「したがって、原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づき、154万円の支払を求めることができるというべきである。」

3.途中から被告が欠席した事案であるが・・・

 本件では、

「被告には訴訟代理人が就いていたが、同訴訟代理人は令和2年12月21日付けで辞任し、その後、被告は、適式の呼出しを受けながら、令和3年1月12日の第4回弁論準備手続期日及び同年2月24日の第2回口頭弁論期日にいずれも出頭しなかった」

との事実が認定されています。

「100%に相当するパフォーマンス評価を受けることができた可能性が高い」

との評価には、被告側が途中から反証活動を放棄したことも影響しているのは確かだと思います。

 とはいえ、欠席裁判でもないのに、最低限度(50%)を超えた査定を前提とした賞与請求が認められたことは注目に値します。本件のような事案では、どうせ請求しても無駄だからとの理由で、最低査定を受けたとしても、これだけは得られていたはずだとして、初めから下限を請求する例も散見されますが、あながち諦めたものではないのかも知れません。