弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

高体連(高等学校体育連盟)主催の安全講習会への引率・参加・他校生への訓練が「公務」とされた例

1.部活動の位置づけ

 現行法上、公立学校教員の部活動顧問に関連する業務が「公務」といえるのかは、あまり明確ではありません。このことは、

労働時間をどのようにカウントするのか(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項により時間外勤務手当等は支給されませんが、公務災害の場面では労働時間の計算が必要になります)、

部活動中の事故に対して教員の個人責任を問えるのか(国家賠償責任が発生する場合、公務員の個人責任は否定される 最三小判昭30.4.19民集9-5-534等参照)、

そもそも個々の教員は部活動顧問業務の割り振りを断れるのか、

といった、種々の難しい論点を生じさせる原因となっています。

 そのため、部活動顧問関連業務についての裁判例は、公務員の労働事件を扱う弁護士にとって、注視する対象になっています。公務員の労働事件は関心領域の一つでもあることから、私も注目していたところ、近時公刊された判例集に、高体連(高等学校体育連盟)主催の安全講習会への引率・参加・他校生への訓練が「公務」として認定された裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令3.3.31労働判例ジャーナル113-36 地方公務員・栃木県支部長事件です。

2.地方公務員・栃木県支部長事件

 本件は公務災害認定請求に対する公務外認定処分への取消訴訟です。

 原告になったのは、栃木県の県立高校に勤務し、登山部の顧問をしていた方です。高体連主催の登山講習会(本件講習会)に登山部顧問として自校生徒を引率して参加し、講習会の行使として他校生に対して雪上歩行訓練を実施中、雪崩に巻き込まれて傷害を負いました(本件災害)。本件災害について公務災害認定請求をしたところ、雪上歩行訓練が公務ではないことなどを理由に公務外認定処分を受けました。これに対し、審査請求の後、取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では高体連関連業務の「公務」への該当性が争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、高体連関連業務の公務遂行性を認めました。

(裁判所の判断)

「地方公務員の『負傷、疾病、傷害又は死亡』が地公法に基づく公務災害に関する補償の対象となるには、それが『公務上』のものであることを要し、そのための要件の一つとして、当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要であると解するのが相当である(最高裁昭和59年5月29日第三小法廷判決・裁判集民事142号183頁参照)。」

「ところで、上記・・・のとおり、本件災害は、原告が本件講習会の講師として行っていた高体連関連業務としての雪上歩行訓練中に発生したものであるが、前記・・・のとおり、高体連それ自体は、栃木県内に所在する高校の職員・生徒によって組織された任意の団体であって、公益財団法人全国高等学校体育連盟の会員にすぎず、地方公共団体の一組織でないことはもとより、これに準じる公的な団体であるとも解されない。したがって、本件講習会のような高体連が主催する業務(高体連関連業務)は『公務』としての法的性格を有するものではなく、当該公務員がかかる業務を行うことがあったとしても、『任命権者(職務命令権者)によって、特に勤務することを命じられた場合』を除き、その業務遂行は、任命権者の支配管理下にある状態で行われたものではなく、『公務遂行性』の要件を満たさないものというべきである。

「そこで問題は、本件において原告が関与した高体連関連業務は、原告を真岡高校登山部顧問に任命した同高校学校長によって、『特に勤務することを命じられた』業務に当たるか否かである。」

「この点、上記のとおり高体連関連業務それ自体は『公務』ではない。したがって、任命権者である真岡高校学校長の原告に対する登山部顧問への任命は、飽くまで同部顧問への就任を命じるものにとどまり、高体連関連業務への従事ないし関与を『特に勤務』として命じたものとは解されない。また、上記・・・のとおり、原告に対して発出された本件旅行命令は、本件講習会に参加するため、原告が部活動の一環として生徒を引率して出張し、泊を伴う指導業務に行ったことに対する教員特殊勤務手当を支給する前提として発出されたものであって、それ自体に、高体連関連業務への従事を『特に勤務』として命じる趣旨を含むものとは解されない。」

「以上のとおり、原告が行った高体連関連業務は、上記任命権者である真岡高校学校長が明示的に『特に勤務』を命ずることによって行われたものであるとはいえないが、ただ、このことは黙示的な職務命令によって非公務である高体連関連業務が行われる場合があることを排除するものと解されないところ、上記・・・で認定した各事実によれば、本件においては、この点につき以下のようにいうことができる。

「上記のとおり、本件旅行命令が予定する原告の『用務』は、本件講習会に参加する真岡高校登山部の生徒を引率することにあるが、かかる本件講習会を主催し、主管する高体連の登山専門部は、組織として高体連加盟校の登山種目加盟校を構成員としており、その部長その他の役員については、当該加盟高校の学校長が部長、副部長を、当該登山部の顧問が委員長、副委員長をそれぞれ務めており、実際、本件講習会当時、真岡高校学校長は副部長、登山部顧問の原告は副委員長の地位にあった。また、本件講習会に生徒を引率した教員は、単に自校生徒の引率にとどまらず、講習会の講師をすることが予定されており、とりわけ原告のような経験の豊富な教員は、自校の生徒を引率しつつ、経験の少ない教員が引率する他校の生徒の指導に当たることで、全体として安全を確保する指導体制がとられており、そのため、他校の生徒だけを指導することもあった。そして、高体連加盟校のうち当該年の4月及び5月に登山を計画している学校は、必ず春山安全登山講習会を受講することが慣例化しており、その一環である本件講習会についても、その主催者である高体連は、関係高等学校長宛に、『4月・5月に登山を予定している学校は必ず受講するようにして下さい。また、夏山登山においても雪渓の通過を伴うことがあり、雪上技術が必要となる場合があり、夏山登山を計画している学校については積極的に受講して下さい。』などと記載した書面を配布して、半ば強制的に本件講習会への参加を呼びかけ、この呼びかけを受けた真岡高校学校長は、上記慣例に従って、自校登山部の生徒を本件講習会に参加させるべく、顧問の原告に対して本件旅行命令を発出したというのである。」

「以上の各事情によれば、高体連が主催する本件講習会は、加盟高等学校が自ら主催する公務としての部活動ではないものの、これに加盟校として参加した真岡高校にとっては、同校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたものというべきである。そうすると、同校の学校長から本件旅行命令を受け、同校の生徒を引率して本件講習会に参加した原告は、単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく、本件講習会において予定された諸々の講演や訓練等に講師として参加し、自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれており、その結果、仮に、その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たさざるを得ない状況にあったものと認められる。そして、このことは、職務命令を発出する真岡高校学校長からみると、原告に対し、公務の一環ないしはその延長線上の行為として、本件講習会に自校登山部の生徒を引率し、本件講習会の講師として、自校だけでなく他校の生徒だけであっても指導業務を行い、その目的の達成に貢献することを要請していたものということができる。

「また、上記のとおり高体連が主催する本件講習会は、加盟校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたものであって、その活動に参加することは、真岡高校登山部が予定している部活動(例えば春山登山)を安全に遂行するためには不可欠なものとして位置付けられており、その意味で、本件講習会は、公務としての真岡高校登山部の部活動に密接に関連して行われたものというべきである。

以上の諸事情を合わせ考慮すると、原告は、自校の職務命令権者である学校長から本件旅行命令を受けたのを機に、単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく、公務としての真岡高校登山部の部活動に密接に関連する本件講習会に講師として参加し、自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれ、これにより、その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たすことが当然のごとく求められ、他校の生徒だけから構成される班を率いて雪上歩行訓練の指導を行っていたものであって、かかる原告の一連の行動は、客観的にみて、本件旅行命令が発出される時点で、当然想定されていたものというべきであるから、真岡高校学校長は、本件旅行命令を発出するに際して、これとは別に、本件講習会に講師として参加し、上記一連の行動をとることについて黙示の職務命令を発していたものと認めるのが相当である(なお、前記・・・によれば、本件要領上、本件講習会は登山計画審査会の審査対象とはされていないが、このことは上記黙示の職務命令の存在の認定を妨げるものではない。)。

「そして、本件災害は、原告が、他校生のみ構成される1班を率いて、上記ゲレンデ内にある一本木から、その左側の樹林帯を縦一列になって支尾根沿いを登り、前方の岩を目指して雪上歩行訓練を再開した直後に発生したものであって、『那須温泉ファミリースキー場ゲレンデ』内ではないにしても、その『周辺』から大きく逸脱した場所で発生したものではなく、実際、他の2ないし4班も原告率いる1班の後から支尾根沿いを登っていたというのであるから、原告が本件講習会の講師として行っていた指導訓練は、上記黙示の職務命令の範囲を逸脱するものではない。」

「以上によれば、本件災害は、任命権者(職務命令権者)の支配管理下にある状態において発生した災害であるということができるから、公務遂行性の要件を満たすものというべきである。 

「そして、上記・・・の検討からも明らかなとおり、原告が本件講習会の講師として行っていた上記指導訓練と本件災害との間に相当因果関係の存在を肯定することができ、公務起因性の要件も満たす。

以上によれば、本件災害は、地公法1条所定の『公務上の災害』に当たるものというべきである。

3.「黙示的な職務命令」

 裁判所は公務と言い難いうえ、明示的な職務命令もなかったという事実関係のもと、「黙示的な職務命令」という概念を使い、原告の方の救済を図りました。

 純理論的な問題はともかく、部活動顧問として高体連に生徒を引率していって、行事への参加中に事故に巻き込まれたにもかかわらず、適切な補償を受けられないというのは、あまりにも過酷な結論であるように思われます。

 結論の妥当性を図るにあたり、「黙示的な職務命令」という法律構成を用い、部活動顧問業務中に被災した方を救済した事案として、本件は参考になります。