弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自分で法的措置をとるリスク-再審査請求先の間違い

1.地方公務員の公務災害の不服申立手続

 民間の労働者災害補償保険(労災)に対応する仕組みとして、地方公務員には地方公務員災害補償という仕組みがあります。

 補償に関する決定に不服がある場合、行政不服審査法に基づいて地方公務員災害補償基金支部審査会(支部審査会)に審査請求をすることができます。そして、支部審査会の決定に対しても不服がある場合には、地方公務員災害補償基金審査会(審査会)に対して再審査請求をすることができます(地方公務員災害補償法51条2項)。

不服申立ての概要 | 地方公務員災害補償基金

 この仕組みは文章にするとシンプルに見えます。しかし、公務災害として補償を受けられなかった方が、いざ問題に直面すると、不慣れであることから右往左往してしまうことがあります。

 右往左往してしまうことでの最大のリスクは、期間制限の徒過です。審査請求、再審査請求のいずれにも期間制限があります。審査請求は3か月以内にしなければなりませんし(行政不服審査法18条1項)、再審査請求は1か月以内にしなければなりません(行政不服審査法62条1項)。期間制限を徒過してしまうと、審査請求も再審査請求も不適法却下されることになります。また、公務災害に関する決定は審査請求前置という考え方が採用されているため、審査請求を経なければ裁判所に取消訴訟を提起することもできなくなります(地方公務員災害補償法56条)。

 しかし、短い期間で不服申立の論旨をまとめ、正しい申立先に不服申立を行うことは、法的手続に不慣れな方にとって必ずしも容易ではありません。基本的にはプロ(弁護士)に依頼した方がよく、自分でやるのはリスクが伴います。近時公刊された判例集にも、自力で不服申立手続を遂行しようとして、リスクが顕在化したと思われる裁判例が掲載されていました。東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-48 地方公務員災害補償基金・地方公務員災害補償基金審査会事件です。

2.地方公務員災害補償基金・地方公務員災害補償基金審査会事件

 本件は躁うつ病の発症について公務外認定処分を受けた地方公務員の原告が、再審査請求の却下裁決の取消を求めて提訴した取消訴訟です。本件の原告の方は、代理人弁護士を選任せず、自力で裁判を進めています。

 原告は、埼玉県健康福祉部国保医療課に配属されていた際、通常業務を行いながら「老人保健医療の手引き(平成12年4月版)」(本件マニュアル)の作成を命じられ、その業務を遂行する過程において強い心理的負荷がかかり躁うつ病を発症したとして、公務災害認定請求をしました。

 しかし、埼玉県支部長は公務外認定処分を行いました。

 原告は、本件マニュアルに対する評価がなされていないことが不服であるなどとして、地方公務員災害補償基金埼玉県支部審査会に対して審査請求をしましたが、埼玉県支部審査会も公務起因性を認めず、審査請求を棄却しました。

 審査請求を棄却されたのは、平成31年10月4日で、原告が裁決書謄本を受領したのは同年10月5日でした。

 原告の方は同月15日ころまでに埼玉県知事宛てに裁決の内容が不服である旨記載した手紙を出すとともに、地方公務員栽培補償基金埼玉県支部に対し、本件マニュアルの写しを求めて保有個人情報開示請求を行いました。

 しかし、写しが送られてきたのは同年11月25日で、それに合わせて再審査請求の時期も遅れました。結局、再審査請求を行ったのは、裁決書謄本の受領から1か月以上が経過した同年11月29日になりました。

 地方公務員災害補償基金審査会(審査会)は、原告からの請求を、期限徒過を理由に不適法却下しました。これに対し、裁決の取消を求めて訴えを提起したのが原告です。

 1か月以上が経過しているのに、なぜ訴えることができたのかというと、期間制限には例外があるからです。再審査請求の期間制限を定める行政不服審査法62条1項は、

「再審査請求は、原裁決があったことを知った日の翌日から起算して一月を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」

と規定しています。この条文を分離に忠実に解釈すると、「正当な理由」があるときには、1か月を経過していても、再審査請求を認める余地を残しています。そのため、本件では期限徒過に「正当な理由」が認められるか否が争われました。

 裁判所は、この論点について、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「行政不服審査法62条1項は、『再審査請求は、原裁決があったことを知った日の翌日から起算して1月を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。』と定めているところ、前記前提事実・・・のとおり、原告は、令和元年10月5日、本件審査請求を棄却する旨の裁決があったことを知ったが、その時点から1か月を経過した後である同年11月29日に本件再審査請求をしているから、本件再審査請求は同条同項本文の定める1か月の再審査請求期間を徒過したことが明らかである。」 

「原告は、本件においては行政不服審査法62条1項ただし書所定の『正当な理由』に該当する事情がある旨主張する。そこで検討するに、そもそも行政不服審査法62条1項所定の再審査請求の期間制限は、行政上の法律関係の安定確保と国民の権利利益の保護との調和を図る趣旨から設けられたものであるから、再審査請求期間内に再審査請求をしなかったことに社会通念上相当と認められる理由があるときに、この『正当な理由』が認められると解される。そして、社会通念上相当と認められる理由があると認められるか否かは、処分等の内容及び性質、行政庁の教示の有無及びその内容、処分等に至る経緯及びその後の事情、処分当時及びその後の時期に原告が置かれていた状況、その他再審査請求期間徒過の原因となった諸事情を総合考慮して判断するのが相当である。

「本件においては、前記前提事実・・・のとおり、原告は、末尾に再審査請求期間が明記されている本件審査請求を棄却する旨の裁決書謄本を受領した上で、再審査請求期間中に本件審査請求に対する埼玉県支部審査会の裁決の内容が不服である旨記載した埼玉県知事宛ての手紙を提出し、埼玉県支部審査会から、それに対応する再審査請求手続に関する説明文書の送付を受けていて、さらに、埼玉県支部に対して保有個人情報の開示を請求しているから、本件再審査請求を再審査請求期間内に提起することが社会通念からみて不可能ないし困難な状況が原告にあったとは認められない。加えて、原告の主観的事情について見てみても、原告は、審査請求時に既に本件マニュアルの評価等について不服を述べていたから、再審査請求においてもその旨付記して再審査請求期間内に本件再審査請求をした上で、後日、情報開示請求により取得した本件マニュアルを追完する対応を取ることも十分に可能な状況であったというべきである。そうすると、その他原告が主張する点を考慮しても、再審査請求期間内に再審査請求をしなかったことについて社会通念上相当と認められる理由があるとは認められない。

「したがって、本件再審査請求について再審査請求期間を徒過したことにつき行政不服審査法62条1項ただし書の『正当な理由』があるということはできない。」

3.教示はされるが・・・

 再審査請求期間と再審査請求をすべき行政庁は、審査請求に対する裁決の段階で教示されます(行政不服審査法50条3項)。

 そのため、書類をきちんと読み込んでおけば、再審査請求の宛先の間違えは防ぐことができます。本件でも説明文書の交付ほか教示自体は実施されていたように思われます。

 しかし、自分の事件を冷静に進めるのは、プロでも容易ではありません。一般の方が、知事に不服申立の手紙を出して安心していたであろうこと、1か月という期間制限の速さに不意を打たれたであろうことは、ある程度察しがつきます。

 弁護士を利用しないと手続に伴う経済的な負担は安くなります。しかし、自力で法的措置をとることは、ミスの危険を押し上げます。本件でも、ちょっとした時間差で、足元を掬われることになってしまいました。

 やはり法的措置、少なくともある程度の複雑さが予想される法的手続に関しては、適宜の弁護士に依頼してしまった方が良さそうに思います。