弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

特別職の地方公務員への雇止め法理の類推適用の可否(否定例)

1.非正規公務員の雇止め

 有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と同視できるようになっていたり、契約が更新されることについて合理的な期待が認められたりする場合、使用者が労働者からの契約更新の申込みを拒絶するには、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、有期労働契約は従前の労働条件のもとで更新を擬制されます(労働契約法19条)。

 このルールは従前の判例法理を成文化したもので、「雇止め法理」と呼ばれることがあります。民間の非正規労働者の地位は、この雇止め法理により、一定の保護が図られています。

 しかし、この雇止め法理が公務員に適用されることはありません。労働契約法21条1項が、

「この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。」

と明記しているからです。

 それでは、雇止め法理をストレートに適用することはできないにしても、その趣旨を類推して適用すること(類推適用)はできないのでしょうか?

 この問題に関しては、多数の裁判例が存在します。しかし、類推適用を否定するものが圧倒的多数です。信義則等を根拠に雇止めの効力を否定した下級審裁判例が1例(東京地判平18.3.24労働判例915-76 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(国情研)事件)存在するものの、これも上級審で破棄されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕566頁)。

 しかし、地方公務員法や国家公務員法の適用される一般職の公務員に対してはともかく、特別職の公務員に対しても類推適用は否定されるのでしょうか?

 国家公務員法2条5項は、

「この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない。」

と規定しています。

 また、地方公務員法4条2項は、

「この法律の規定は、法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない。」

と規定しています。

 公務員法による保護を受けられない特別職の公務員に対しても、やはり雇止め法理の類推適用は認められないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.3.29労働判例ジャーナル113-40 大阪府・府教委事件です。

2.大阪府・府教委事件

 本件で原告になったのは、府立支援学校(本件学校)の特別非常勤講師(看護師)として勤務していた方3名です(原告a、原告b、原告c)。任用期間を1年として再任用を重ねていたところ、平成29年3月31日の任用期間満了をもって、任用関係を打ち切られることになりました(本件各不再任用)。これに対し、労働契約法19条の類推適用を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、原告らが特別職の地方公務員(地方公務員法3条3項3号)であったことです。

 原告らは、

「労契法22条1項は、地方公務員への同法の適用を排除しているものの、非常勤職員には、地公法4条2項により同法の適用が排除される結果、私法上の労働契約関係と同様に労基法が適用される。殊に、原告らと被告との間の勤務に関する法律関係(以下『本件勤務関係』という。)においては、原告らに対して示された労働条件明示書に『雇用期間』などと労働契約関係であることを示す記載があるほか、その形式や内容も労働契約の場合と同様の記載がされていることからすると、本件勤務関係は、私法上の有期労働契約と変わらないといえる。地公法が適用されない非常勤職員の勤務関係について労契法の保護を否定することは、非常勤職員の無権利状態を放置するものであって、不当である。」

などと主張し、労働契約法19条の類推適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約法19条の類推適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「地公法は、地方公務員を一般職と特別職に分け、非常勤職員を始めとする特別職については、法律に特別の定めがある場合を除く外、同法を適用しないと規定し(地公法3条1項、2項、3項3号、4条2項)、勤務条件について条例で定められる(24条5項)一般職と扱いを異にしている。」

「もっとも、地方公務員に対しては、そもそも、一般職又は特別職のいずれであっても、労契法の適用が明文上排除されている(労契法22条1項)。」

「また、特別職の地方公務員につき地公員法の適用が排除されているのは、その職務内容等の多様性を踏まえ、同法の委任を受けた条例によってその勤務条件を一律に定めるのではなく、個別の法律や条例のほか、各地方自治体の定める要綱等の内規によって定めるのが相当であるとの趣旨に基づくものと解されるのであって、原告らの任用形態、任用期間、報酬及び勤務時間等の勤務条件も、非常勤看護師配置要項の内容に従って定められている・・・。そうすると、地公法の適用が排除されていることをもって非常勤講師の勤務関係が実質的に私法上の労働契約関係とみることは困難である。」

「さらに、職員の任用にあたっての手続をみても、

〔1〕学校の職員の身分取扱等を定める地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、地方公共団体が設置する学校の校長は、当該学校に所属する職員の任免その他の進退に関する意見を任命権者に対して申し出ることができるものと定め(36条)、

〔2〕大阪府立学校条例は、校長の前記意見を尊重するものと定めている(20条1項)ところ、

被告は、

〔3〕大阪府公立学校非常勤講師取扱要綱において非常勤講師の採用についての意見上申の手続やその後の府教委による措置を定め(2条2項、3条1項)ているほか、

〔4〕教員の免許状を有しない者等の特別非常勤講師の任免、報酬等について特別非常勤講師取扱要綱を定めた上、そのうち非常勤看護師については、非常勤看護師配置要項及び休暇取扱細則により、職務内容、任用形態、給与又は報酬、勤務時間、休暇等の勤務条件を具体的に定めている・・・。」

「加えて、

〔5〕地方自治法制定附則は、同法及び他の法律に特別の定めのあるものを除き、都道府県の職員の服務等につき政令で定める旨規定し(5条1項ないし3項、9条1項及び2項)、特別職の地方公務員についても、当該規定に係る政令である地方自治法施行規程において、服務や休暇及び休日等についての定めが適用されること(10条ないし12条、15条)からすると、非常勤職員を含む都道府県の特別職である地方公務員について、同施行規程による規律を及ぼすことも想定されているといえる。」

以上のような関係法令及び被告における各内規の定めに照らせば、被告における非常勤看護師の任免や勤務条件等は、法令等によりその手続や具体的内容があらかじめ定められており、公務員に対して適用される法令の適用もあるといえるのであって、その任命行為は行政処分であると解されるから、本件勤務関係に労基法の適用があること(労基法112条)を踏まえても、本件勤務関係が、当事者の合意によって内容を定めることを基本とする私法上の労働契約関係と異質なものであることは明らかである。

上述したとおり、労契法22条1項は、地方公務員に対する同法の適用を明文で排除しているところ、以上のような本件勤務関係の性質を踏まえると、その他原告ら主張の事情を考慮しても、同法の明文規定に反して、本件勤務関係に同法19条を類推適用すべきということはできない。

「なお、大阪府公立学校非常勤講師取扱要綱2条2項は『雇用』との文言を用いており、求人票等の記載の中には、『雇用期間』や『雇用保険の適用』がある旨の記載があるものの、上述したところを踏まえると、上記文言ないし記載が使用されていることは、上記認定判断を左右するものではない。」

3.やはり雇止め法理の類推適用は難しい

 上述のとおり、裁判所は、特別職の地方公務員であっても、雇止め法理の類推適用は認められないとの判断を示しました。

 非正規公務員を雇止め法理で救済することは、やはり難しそうです。