弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賃金額の決定権限と管理監督者性

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この①経営者との一体性は、①’経営への参画状況、②’労務管理上の指揮監督権、③’実際の職務内容といった要素から判断されています。

 本日の記事で考えてみたいのは、②’労務管理上の指揮監督権の内容です。

 ②’労務管理上の指揮監督権は、

「部下に関する採用、解雇、人事考課等の人事権限、部下らの勤務割等の決定権限等の有無・内容が重要視され、単に採用面接を担当しただけであったり、人事上の意見を述べる機会が与えられるだけであったりすると、管理監督者性が否定される傾向にある・・・。他方、最終的な人事権まではないが、その意向が反映されたことなどを理由に管理監督者性を肯定した事案もある」

と理解されています(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』251-252頁参照)。

 要するに、労務管理に形式的に関与しているだけでは不十分であるものの、最終的な人事権までは必須のものとはされていないということです。こうした曖昧性があることから、目下、どういった権限があれば②’労務管理上の指揮監督権が認められるのかが、実務上の関心事になっています。

 こうした議論状況のもと、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60 カーチスホールディングス事件です。

2.カーチスホールディングス事件

 本件で被告になったのは、各種自動車・自動二輪車の売買・輸出入・仲介・斡旋の事業等を営む会社です。事業会社であるとともに、これらの事業を営む会社の持株会社でもあります。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件労働契約)を締結し、経理業務等に従事していた方です。退職後、被告を相手取って、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 在職中、原告は、財務経理部の課長職にあり、6~8名(派遣社員1名)を含む部下を管理する立場にあったことから、本件では、原告の管理監督者性が争点になりました。管理監督者への該当性は一般的な判断枠組に従って判断されていますが、①経営者との一体性について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の管理監督者への該当性を否定しています。

(裁判所の判断)

「原告は、財務経理部の課長として、人事関係の業務として、財務経理部に所属する6~8名の従業員のシフトを取りまとめて提出し・・・、従業員が提出したタイムシートの上長確認欄に押印し・・・、一次考課者として人事考課を行っていた・・・ほか、希望職種を財務経理とする応募者14名について一次面接を担当していた・・・。このうち、採用面接については、原告が不合格と判断した9名についていずれも採用に至っていないことからすれば、採用面接に関し、一定の実質的な権限を有していたといえる。もっとも、従業員の賃金額に関しては、原告は採用に関して一次面接を担当したにとどまり、採用する際の賃金額等の労働条件の決定に関与していたとは認められず、また、財務経理部所属の従業員の人事考課について一次考課を担当しているものの、二次考課者であるP2部長の評価も踏まえた最終評価としての賃金額の決定に関与していたと認めるに足りる証拠はないことからすれば、賃金額の決定について実質的な権限があったとは認められない。また、財務経理部の従業員のシフト表を取りまとめて提出することは、事務的な業務であって、重要な職務や権限であるとはいえないほか、タイムシートの上長確認欄に原告が押印していることから、財務経理部に所属する従業員のタイムシートが原告に提出され、その確認を行っていたことは認められるものの、原告にタイムシートが提出された後、少なくともタイムシートの実績については上司である財務経理部部長のP2部長にも報告して承認を得た上、人事部に提出されていたこと・・・からすると、タイムシートの申請に対する事務的な確認以上に、実質的な権限があったと認めるに足りる証拠はない。」

「原告は、財務経理部の課長として、監査法人との監査報告会や経営者ディスカッションに出席していたと認められるが・・・、平成30年11月7日の監査報告会以外はP2部長を含む役員とともに出席していたものであり、原告は自身の担当する財務経理業務について必要な発言や対応をしていたとしても、最終的な決定権限はP2部長又は被告の他の役員にあったと解され、原告に財務経理に関して決定権限があったとは認められない。また、本件リース契約についてP5部長から相談を受けて対応しているものの・・・、財務経理部として会計処理に関する検討をしていたものであって、原告自身が本件リース契約の内容や、締結の是非等の経営上の決定に関与していたとは認められず・・・、アガスタの会計処理に関しても、親会社の財務経理部として必要な対応を検討したものであり、これについてはP2部長の指示の下で、監査法人やアガスタの取締役であるP5部長と対応を協議していたものである。このほか、原告は経営会議には一回しか出席しておらず、取締役会についても資料の準備をする程度の関与をしたのみであった・・・。」

「以上によれば、原告は、被告の財務経理部において、採用面接や、財務経理部に所属する従業員の一次考課を行い、タイムシートの申請を受ける業務をしており、このうち、採用面接については実質的な権限を有していたと認められるが、これは、使用者の人事権の一部に過ぎず、その他の業務内容に照らしても、基本的には財務経理業務を担当していたものであり、原告が経営上の事項について実質的な決定権限を有していていたものとは認められないことからすれば、労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務や権限を有していたとか、その責任を負っていたとまでは評価できず、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限があったとは認められない。

「なお、被告は、P2部長が取締役兼執行役等を務め、数多くの部署に所属して業務を執行していることから、実質的には原告が財務経理部のトップの責任者であり、経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を有していた旨主張する。しかしながら、上記のとおり、監査法人との会議や、アガスタの会計処理等、原告がP2部長の指示の下で業務を行っていたことが認められることや、原告が人事労務管理について実質的権限を有していたと認められるのが一部業務に過ぎないことからすれば、原告が財務経理部のトップであるとは直ちに評価し難いこと、財務経理部が被告において重要な部署であり、原告が日々の財務経理業務について一定の権限を有していたとしても、そのことから直ちに経営上の事項について実質的権限を有しているとは評価できないことからすれば、被告の主張は採用できない。」

 3.賃金額の決定権限に注目された例

 「経営者との一体性」「労務管理上の指揮監督権」といった概念は、曖昧かつ難解なものです。これを具体化する指標として、他の労働者の賃金額を決定する権限に焦点を当てた判断がなされたことは注目に値します。

 管理監督者扱い(残業代の出ない扱い)をされていても、他の労働者の賃金額を決定する権限までは持っていないという方は少なくないのではないかと思います。そうした方が管理監督者性を争うにあたり、本件は有意義な先例として機能する可能性があります。