弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

訪問看護ステーション管理者の管理監督者性-管理監督者性を争う上での着眼点

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この管理監督者との関係に一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令3.2.18労働判例1270-32 アルデバラン事件です。これは訪問看護ステーションの管理者の管理監督者性を否定した裁判例です。他の事案で管理監督者性を争う上でも参考になる判断が示されているため、ご紹介させて頂きます。

2.アルデバラン事件

 本件で被告になったのは、介護保険に基づく居宅介護サービス等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、常勤の管理者・看護師として訪問看護業務等に従事していた方です。被告を退職したうえ、未払割増賃金(未払時間外勤務手当等、いわゆる残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、原告の管理監督者性がありました。原告が訪問看護ステーション(看護ステーション)の管理者であったことなどを根拠に、被告は原告の管理監督者性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法41条2号は、『監督若しくは管理の地位にある者』(以下『管理監督者』という。)に対しては同法の定める労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないものとしているところ、これは、管理監督者については、その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労働基準法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けるところはないと考えられることによるものである。そうすると、管理監督者に該当するか否かについては、①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断するのが相当である。」

「原告の職務、責任及び権限について見ると、被告は、原告が、Fの管理者として、利用者との契約件数やサービス提供内容の調整を通じて業務量を調整しており、被告がこれに異議を述べることはなかった旨主張するが、利用者との契約の締結は訪問看護ステーションとしてのFの日常的な業務の一環というべきであり、経営方針等に関する決定とは性質を異にする上、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告の規約又は規則上、施設の管理者が利用者との契約の締結権限を有する旨の規定はなかったことが認められ、施設の管理者の地位にあることのみによって上記権限が与えられていると解する的確な根拠もないことを踏まえると、結果的に被告が異議を述べることがなかったとの一事をもって、実質的に見れば原告が上記権限を有していたと評価することもできない。採用希望者の採用、退職を希望する職員の退職の承認についても、原告がいずれかの段階でこれらの手続に関与したにせよ、少なくとも実質的に見て原告がこれらの権限を有していたとは評価できないことは、上記と同様である(なお、被告が、職員の人事に関し、現場における施設運営の中心を担う管理者であった原告の意向を考慮することがあったとしても、これをもって直ちに、原告に人事に関する権限があったということにはならない。)。原告が、Fの職員に対し、日常業務が適正に遂行されるための指導の範囲を超えてその教育に関与し、あるいは、Jグループの本部による二次評価に先立ち、現場における勤務状況を直接把握することのできる者として一次評価を行うとの限度を超えて人事考課に関与したことを認めるに足りる証拠もない。証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、『小規模・グループホーム連絡会』においては、管理者が各施設の設定した月次目標の達成状況を報告することがあり、平成29年1月12日に開催された上記連絡会においては、Fを含む6つの関連事業所の管理者が、施設内の事故、利用者からの苦情、研修内容等について報告し、被告本部からは時間外勤務の運用、現金の管理、設備修理依頼等に関する事務連絡がされたことが認められるものの、上記連絡会において、このような日常業務に関する報告及び指示を超えて、被告の法人ないし事業所としての経営ないし運営方針に関する重要な事項が決定され、あるいは原告を含む関連事業所の管理者がその提案をしたことを認めるに足りる証拠はないから、原告がこれに出席したことをもって、経営者との立場の一体性を基礎付ける事情とはならないというべきである。他方で、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、Fの他の看護師の時間外勤務申請書に所属長として事前承認印及び確認印を押印するほか、職員のシフト表の作成及び変更(土日出勤の割り振り)、職員のタイムカードの整理及び打刻時刻の出勤簿への転記といった事務を担当していたことが認められるから、Fの職員の出退勤の管理、時間外及び休日の勤務の命令及び承認等をしていたと評価するのが相当であるものの、上記で説示したところと併せて総合考慮すれば、原告が、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたとまでは評価し難いところである。」

「また、原告が自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたことを積極的に基礎付ける事情として被告が主張するところは、原告がシフト表の作成等を担当しており、各出勤日に自身が行う業務の内容の決定が原告の裁量に委ねられていたというものであるが、シフト表の作成は、最も多い時期でも6名にすぎなかった原告を含めたFの看護師・・・の間において、個々の営業日に実施する訪問看護等の業務の分担を定めるものにすぎず、労働時間の管理に関する裁量の有無とは直接の関係を有しないものである。他方で、証拠・・・によれば、原告の日勤の就業時間は午前8時30分から午後5時30分までと定められていたことが認められ、原告を含む各事業所の管理者にはこれと異なる就業時間の規制が及んでいたとの事実は認められない上、実際にも、原告が自らの判断で午前8時30分より後に出勤し、あるいは午後5時30分より前に退勤することがあったとは認められないのであって、原告が自己の出退勤時刻を自由に決定することができていたことを基礎付ける事情はうかがわれない。そうすると、原告について、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたと評価することはできない。」

「そして、原告の待遇について見ると、前記・・・のとおり、原告の賃金は月額40万円(うち管理者手当が月額8万円)であったところ、原告の年齢並びに看護師としての資格及び経験を有することなども踏まえると、それ自体として非常に高額であったとまではいえない上、証拠・・・及び弁論の全趣旨・・・によれば、本件請求期間の全部又は一部にFで勤務した原告以外の訪問看護師5名(なお、A(乙第2号証の職員A)はGの職員であり、これに含まれない。)の賃金の額(割増賃金も含めた総支給金額であり、就業日数の少ない月及び欠勤等控除がされた月を除く。)は、就業日数が恒常的に少なかったB(職員B)を除くと、C(職員C)が月額23万1483円(平成30年以降に限れば月額28万3655円)から月額32万7820円、D(職員D)が月額29万2900円から月額34万5230円、E(職員E)が月額31万0597円から月額34万0050円、Kが月額29万4858円から月額35万8924円の範囲であり、原告とこれらの者との賃金額の差異の程度を踏まえると、原告が管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇を受けていたとは直ちには評価し難い。

「以上によれば、原告が労働基準法41条2号所定の管理監督者に該当するものとは認められない。」

3.管理監督者性を争う上でのポイントが多く判示されている

 原告の方には訪問看護ステーションの管理者として一定の権限が付与されていました。しかし、裁判所はそれが管理監督者性を基礎づける職務や権限にあたらないことを丹念に論証しています。

 また、労働時間の裁量の有無を判断するにあたっては、所定始業時刻以降の出勤の有無、所定終業時刻以前の退勤の有無に着目すべきことが記載されています。

 待遇面を検討するにあたっては、年齢や業界の一般的水準との比較と、企業内における他の労働者の賃金水準との比較と、二つの観点から、処遇が相応しいものであったのかどうかを判断しています。

 本裁判例は、管理監督者性を争う上でのポイントが多く指摘されており、他の事案で管理監督者性の有無を検討するに際しても大いに参考になります。