弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間性

1.不活動時間の労働時間性

 不活動仮眠時間の労働時間性について、最一小判平14.2.28労働判例822-5大星ビル管理事件は、

「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」

と判示しています。

 ただ、これは何か問題が起きた時に対応することが義務付けられていさえすれば、不活動時間であっても直ちに労働時間に該当するという趣旨ではありません。

 判決が、

「そこで、本件仮眠時間についてみるに、前記事実関係によれば、上告人らは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、上告人らは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被上告人の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというベきである。」

と続けていることからも分かるとおり、不活動時間の労働時間性を判断するにあたっては、実作業に従事する必要がどの程度あったのかを検討する必要があります。

 検討した結果、

「仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対応することが義務づけられていても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務づけがされていないと認めることができるような事情が認められる場合においては、労働時間には当たらない」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕154頁参照)。

 このように不活動時間の労働時間性を判断するにあたっては、実作業への従事がどれだけの頻度・時間あったのかが問われることになります。

 それでは、労働時間性が肯定されるには、どの程度の実作業への従事が認められればよいのでしょうか? 作業の内容にもよるため、一概には言えませんが、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令3.2.18労働判例1270-32 アルデバラン事件です。

2.アルデバラン事件

 本件で被告になったのは、介護保険に基づく居宅介護サービス等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、常勤の管理者・看護師として訪問看護業務等に従事していた方です。被告を退職したうえ、未払割増賃金(未払時間外勤務手当等、いわゆる残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間性がありました。

 原告が所属していた看護ステーションの従業員は、2名ずつの当番制で、

月曜日から木曜日までの終業時刻から翌日の始業時刻までの間、

及び、

金曜日の終業時刻から翌週月曜日の始業時刻までの間、

訪問看護利用者、介護施設利用者、グループホーム入居者が緊急に看護を要する事態となった場合に備え、緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯し、呼出しの電話があれば直ちに駆け付け、看護、救急車当の手配、医師への連絡等の緊急対応を行う業務を担当していました(緊急看護対応業務)。

 2名の担当者が所持する各携帯電話機のうち、No.1の電話機が有線電話であり、No.2の電話機を所持する担当者は、No.1の電話機を所持する担当者がやむにやまれぬ事情で対応できない場合に、No.1の電話機を所持する担当者に要件を伝えるなどの対応をするものとされていました。No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動(オンコール出勤)の頻度は、9.5日に一度程度、担当日数8回に一度程度だったとされています。

 本件で問題になったのは、このNo.1の電話機を所持して緊急看護対応業務に従事することになっていた時間の労働時間性です。

 この論点について、裁判所は、次のとおり判示し、緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「緊急看護対応業務は、Fの訪問看護利用者、Gの利用者及びHの入居者が緊急に看護を要する事態となった場合に、利用者ないし入居者、家族、施設職員等からの呼出しの電話があれば直ちに駆け付け、看護、救急車の手配、医師への連絡等の緊急対応を行うことを内容とするものであり、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、看護師が呼出しを受ける理由としては、例えば、発熱、ベッドからの転落、認知症患者の徘徊、呼吸の異変等があり、実際に駆け付けることまではしない場合にも、救急車の手配、当面の対応の指示等をするときもあることが認められる。そして、緊急看護対応業務のための待機とは、前記緊急看護対応業務が必要となる場合に備えて、Fの従業員が、被告からの指示に基づき、シフトに応じて緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯している状況をいう。このような業務の内容等を踏まえると、No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務のための待機中の従業員は、雇用契約に基づく義務として、呼出しの電話があれば、少なくとも、その着信に遅滞なく気付いて応対し、緊急対応の要否及び内容を判断した上で、発信者に対して当面の対応を指示することが要求され、必要があれば更に看護等の業務に就くことも求められていたものと認められる(しかも、被告の主張するところを前提としても、緊急出動(オンコール出勤)をした場合の稼働時間として通常は30分から1時間程度を要するというのである。)のであって、呼出しの電話に対し、直ちに相当の対応をすることを義務付けられていたと評価するのが相当である。なお、被告は、緊急看護対応業務について、2名ずつの当番制を採用し、No.2の携帯電話機を所持する担当者も待機させ、当番でない従業員も緊急出動(オンコール出勤)するなど臨機応変に対応する態勢にあったと主張するものの、あくまでNo.1の携帯電話機を所持する担当者が優先して対応するものと指示されていたことに加えて、弁論の全趣旨・・・によれば、平成29年1月16日から平成30年11月15日までの1年10か月の間に、No.2の携帯電話機を所持する担当者が実際の緊急出動(オンコール出勤)に従事した回数は2回、当番以外の従業員がこれに従事した回数は3回にとどまることが認められるから、緊急看護対応業務の態勢についての前記被告の主張を考慮しても、No.1の携帯電話機を所持する担当者が上記対応を義務付けられていたとの評価が直ちに左右されるものではない。」

また、No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動(オンコール出勤)の頻度は、被告の主張するところを前提にしても、日数にして9.5日に一度程度、緊急看護対応業務の担当回数にして8回に一度程度(原告について見ると16.4回に一度程度)というのであり、しかも、これらの頻度は、実際に緊急出動を要した回数を集計したものであるところ、上記で説示したとおり、緊急看護対応業務に従事する従業員は、呼出しの電話を受ければ、実際に緊急出動に至らなくとも、相当の対応をすることを義務付けられていたと評価されるものであるから、相当の対応を要する頻度は、上記よりも若干なりとも高かったものと推認される。そうすると、緊急看護対応業務に従事する従業員が相当の対応をする必要が生ずることが皆無に等しいなど、実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存在しないというべきである。

「前記・・・を踏まえると、緊急看護対応業務に従事するための待機時間中、待機場所を明示に指定されていたとは認められず、外出自体は許容されていたこと(もっとも、呼出しの電話があれば、緊急看護対応が必要な事態の内容によっては、直ちに駆け付けなければならないことは前記・・・のとおりであるから、外出先の地理的範囲はその限度において自ずと限定されるというべきである。)を考慮しても、上記待機時間は、全体として労働からの解放が保障されていたとはいえず、雇用契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価することができる。したがって、原告は、緊急看護対応業務を担当した日は、その業務に従事した時間はもとより、待機時間も含めて被告の指揮命令下に置かれていたものであり、これは労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。

3.  9.5日に一度程度・担当8回に一度程度を超えれば労働時間?

 上述のとおり、裁判所は、緊急看護対応業務のための待機時間に労働時間性を認めました。9.5日に一度程度、担当8回に一度程度という出勤頻度を基礎に置き、出勤に至らなくても相応の対応を要していた頻度はこれよりも高かったはずだというのが主な論拠とされています。

 人の生命身体を預かっている関係上、呼出に対して即応しなければならないという業務特性も影響しているとは思いますが、どのあたりまでが実作業について「皆無に等しい」と認定されないレベルなのかを知るうえで参考になります。