弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

看護師の夜勤時休憩時間に労働時間性が肯定された例

1.医師や看護師の「休憩時間」

 残業代請求訴訟で争点化しやすい問題の一つに、医師や看護師といった医療従事者の休憩時間の労働時間性があります。

 読者の中には、

休憩時間は休憩時間ではないのか?

と「休憩時間の労働時間性」という概念的に矛盾するように見える言葉に違和感を持つ方がいるかも知れません。

 この問題が裁判で争われる背景には、医療従事者の方が休憩時間中も労働から解放されていないという現実があります。医療従事者の方は、休憩時間や終業時間後であっても、何かあった時に備え、連絡がつくように指示されていることが少なくありません。

 人の健康・時として命に係わる連絡が何時入ってくるか分からない状況は、常に緊張を強いられるため、「何もなければ休んでいて良い」と言われていても、当人達の気はちっとも休まりません。ここに病院経営者と現場で働く医療従事者との間に認識のギャップが生じ、しばしば、

「この休憩時間は休憩時間と言えるのか?(労働時間ではないのか?)」

という問題が浮上することになります。

 近時公刊された判例集にも、看護師の夜勤時の休憩時間に労働時間性が争われた裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件です。

2.医療法人みどり会事件

 本件はいわゆる残業代請求訴訟です。

 被告になったのは、介護老人保健施設等を経営する医療法人です。

 原告になったのは、雇用契約を交わしたうえ、被告の経営する介護老人保健施設で看護師として勤務していた方です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、夜勤時の休憩時間の労働時間性がありました。

 本件の原告は、次のとおり述べて、休憩時間は労働時間に該当すると主張しました。

(原告の主張)

「本件施設の夜勤時には、ナースコールが頻繁にあり、センサーマットが反応した場合にも見に行く必要があった。従業員は、常時、PHSを携行し、随時、入居者に対応する必要があった。したがって、原告の夜勤時、労務からの解放が保障された時間はなかった。」

「本件施設では、令和3年9月15日以降、建前上、3時間の交代休憩を取るようになった。しかし、原告は、一方の休憩によって1名体制となることは安全性に問題があると考え、上司から許可を受け、交代での休憩を取っていなかった。実態としても、トイレ誘導やナースコールが重なることがあり、いつ休憩を中断して業務に入るかが明らかでなく、労務からの解放が保障されていなかった。交代で休憩を取る業務指示があったとすれば、これに従わなかった原告は業務命令違反をしていたことになるが、被告からこれを問題にされたことはなかった。」

 これに対し、被告は、次のとおり述べて、原告の主張を争いました。

(被告の主張)

「本件施設では、夜勤時に3時間、交代で休憩を取ることになっていた。」

「本件施設では、入居者に対して何らかの対応をしたときには、電子カルテに記入することとされていたが、その記入記録のない空白時間は長く、業務に従事しない時間は長かったから、十分に3時間の休憩を取ることができた。原告は、非作業時間中、携帯電話でタイマーを設定して仮眠を取る、資格試験の勉強をする、といった方法で過ごしており、一切の労働から解放されていた。」

「本件施設は定員29名、令和4年10月1日時点の入居者数が22名という小規模な施設であり、応援を求めるときは走って呼びに行くことも容易であるから、PHSの常時携帯は不要であり、被告はこれを常時携帯するように指示していない。」

「また、原告は、休憩を取らないことについて上司から許可を得ていたと主張するが、このような事実はない。」

 このような双方の主張のもと、裁判所は、次のとおり述べて、夜勤時の休憩時間に労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

(ア)本件運用変更前について

「前記認定事実によれば、本件施設の介護職員は、夜勤時、定期的な巡視のほか、利用者による排泄の要望などによるナースコールや利用者のベッドからの離脱に伴うセンサーマットの反応等(以下『ナースコール等』という。)に随時対応しなければならず、このような対応は、原告が電子カルテに明示的に記載したものに限っても1日に平均3.6回、令和3年3月26日及び同年5月26日の原告以外の2名が電子カルテに記録したものによれば、それぞれ1日当たり11回に及んでいたことが認められる・・・。そして、本件運用変更前は、夜勤時の介護職員2名の間で、誰がどの時間に休憩を取るかは定められていなかったことが認められる・・・。」

「すると、原告が、夜勤において、巡視、ナースコール等への対応及び電子カルテの記入といった作業に従事する時間の合計はそれほど長くなく、11時間の夜勤のうち待機時間が占める割合が大きいものであったとしても、夜勤者2名の間で休憩に関する取り決めがなく、相勤者がナースコール等に対応するとは限らなかった以上、原告は、当該待機時間中、常にこれに対応する必要があったというほかない。そして、ナースコール等の回数は、毎回の夜勤ごとに相当の回数に及んでおり、これがごく稀であって実質的に対応の必要が乏しかったとみることもできない。」

「以上によれば、前記待機時間中も、原告は労働からの解放が保障されていたとはいえず、被告の指揮命令下に置かれていたと評価するのが相当である(最高裁平成14年2月28日判決・民集56巻2号361頁参照)。」

「これに対し、被告は、ナースコール等への対応回数は限られており、夜勤時に業務に従事しない時間は長かった旨を主張する。」

「しかし、前記のとおり、被告による調査結果を前提としても、原告の夜勤時における電子カルテ上のナースコール等への対応回数は、夜勤1回当たり平均約3.6回だったというのであり・・・、原告には、毎回の夜勤ごとに、相当の回数、臨時的な対応が発生していたといえる。また、原告が電子カルテに記載しなかった排泄介助等の回数を考慮すれば、その数は更に増加するものと考えられ、原告以外の者による令和3年3月26日及び同年5月26日の夜勤時の電子カルテに基づくナースコール等への対応回数がいずれも11回(出勤者1名当たり5.5回)であったことは、これをうかがわせるものといえる。」

「被告は、原告が、待機時間中、携帯電話でタイマーを設定して仮眠を取る又は資格試験の勉強をするといった方法で過ごしており、一切の労働から解放されていた旨も主張する。」

「しかし、原告が待機時間中にどのような過ごし方をしていたとしても、ナースコール等への対応が義務付けられていた以上、労働からの解放が保障されていたとはいえず、被告の指揮命令下に置かれていたと評価するほかない。

「以上によれば、被告の主張を検討しても、前記・・・のとおり判断するのが相当である。」

(イ)本件運用変更後

「前記認定事実によれば、本件施設では、本件運用変更後、介護職員に対し、〔1〕夜勤者1名当たり3時間の休憩を、22時30分から4時30分までの間、1時間ごとに交互に取ること及び〔2〕休憩中は原則としてPHSを相勤者に渡すことが伝えられたことが認められる・・・。」

「もっとも、本件運用変更が行われるようになった令和3年9月15日のミーティングでは、利用者の安全面を確保した上で、休憩の取得を実行する旨が述べられ・・・、介護職員に対し、『居室内での支援が必要な利用者への対応を行う際は休憩を取らないように』との指示がされたことも認められる・・・。」

「すると、本件施設において夜勤に従事する介護職員は、休憩時間に当たる時間帯に、相勤者が巡視等の作業に従事している間、他の利用者からナースコール等がされるなど当該利用者に支援が必要となった場合(以下『重複ナースコール等』という。)に、相勤者に対応を委ねて労務を提供しないことが許されていたとまでは認められず、重複ナースコール等が生ずる事態に備えてすぐに連絡がつく場所で休憩を取得することが想定されていたといわざるを得ない。そして、本件施設は定員29名の介護老人保健施設であり・・・、本件運用変更が実施されるようになった令和3年9月15日から同月20日までの6日間においても、夜勤休憩表上、休憩時間とされる時間帯に中断なく休憩を取得できたのは36時間中18時間であって、センサーマットが2名同時に作動した日は6日中4日、相勤者の巡視中にナースコール等があったために休憩時間帯の者が対応した日も6日中4日に及んだことが認められるから・・・、重複ナースコール等は、日常的に発生していたことがうかがわれ、本件施設の介護職員は、現にこれらの事態に対応していたことが認められる。」

「以上によれば、本件運用変更後も、本件施設の介護職員は、夜勤時に休憩を取得すべきとされる時間帯においても、相勤者が巡視やナースコール等への対応を行っている間に利用者から重複ナースコール等があった場合における対応を免除する旨の指示を受けておらず、このような事態がごく稀であって実質的に対応をする必要がなかったともいえないから、休憩時間とされる時間についても、労働からの解放が保障されていたとはいえず、被告の指揮命令下に置かれていたといわざるを得ない。

(ウ)小括

「よって、本件運用変更の前後を問わず、本件請求期間中の原告の夜勤については、休憩時間を取得することができたものとは認められない。」

3.無理のある働き方を強いられている人は多い

 傍から見ているだけでも、医師や看護師などの医療従事者の方には、休憩時間が名目化しているなど、無理のある働き方を強いられている人が少なくありません。

 「この休憩時間は休憩時間といえるのか?」そう疑問を持った方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも相談は受け付けています。