弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

注目の最高裁判例:唯一の機械技術者に黙示的な職種限定合意が認められた例

1.熟練機械工と黙示的職種限定合意

 職務内容を限定する合意を、一般に職種限定合意といいます。

 使用者による配転命令権は、滅多なことがない限り権利濫用にはなりません(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)。

 しかし、職種限定合意が認められれば、労働者側に不利な権利濫用の判断枠組みに依拠しなくても配転の効力を否定することができます。そのため、配転命令権の効力を争う場合には、しばしば黙示的な職種限定合意の成否が争われます。

 黙示的職種限定契約の成立については、

「医師、看護師、ボイラー技士などの特殊の技術、技能、資格を有する者については職種の限定があるのが普通であろう」

とされる一方、

「特別の訓練、養成を経て一定の技能・熟練を修得し、長い間その職種に従事してきた者の労働契約」

については

「その職種に限定されていることがある。しかし、技術革新、業種転換、事業再編などがよく行われる今日では、この職種限定の合意は成立しにくいといえよう。」

と理解されています(菅野・山川『労働法』〔弘文堂、第13版、令6〕683-684頁参照)。

 一般に後者の類型として指摘される最高裁判例に、最一小判平元.12.7労働判例554-6 日産自動車村山工場事件があります。この事件は、

「十数年から二十数年にわたって『機械工』として就労してきたものであっても、右事実から直ちに、労働契約上職種を『機械工』に限定する旨の合意が成立したとまではいえないとした原判決が維持された例」

として知られています(機械工が後者の類型に該当するのかどうかには議論の余地があるように思われますが、前掲菅野・山川『労働法』は後者の類型にあたる事例として位置付けています)。

 しかし、近時公刊された判例集に、機械技術者に黙示の職種限定合意の成立を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、最二小判令6.4.26労働判例1308-5 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件です。

2.社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件

 本件で被告(控訴人兼被控訴人、被上告人)になったのは、社会福祉法に基づいて滋賀県に設置された社会福祉法人です。

 原告(控訴人兼被控訴人、上告人)になったのは、被告との間で労働契約を締結し、被告の運営する長寿社会福祉センター内にある福祉用具センターで、主任技師として、福祉用具の改造・制作、技術の開発などの業務につき勤務してきた方です。

 この方は18年間に渡って福祉用具センターの技術職として勤務していたのですが、平成31年3月25日、被告から総務課の施設管理担当への配転の内示を受け(本件配転命令)、本件配転命令は職種限定合意に反する違法なものであるとして、慰謝料等を請求する訴訟を提起しました。

 本件でも黙示定職種限定合意の成否が争点になりましたが、一審裁判所は、次のとおり述べて、黙示的職種限定合意の成立を認めました。

(一審裁判所の判断)

「原告と被告との間には、原告の職種を技術者に限るとの書面による合意はない。しかしながら、上記認定事実・・・のとおり、原告が技術系の資格を数多く有していること、中でも溶接ができることを見込まれてレイカディア(財団法人レイカディア振興財団 括弧内筆者)から勧誘を受け、機械技術者の募集に応じてレイカディアに採用されたこと、使用者がレイカディアから被告に代わった後も含めて福祉用具の改造・製作・技術開発を行う技術者としての勤務を18年間にわたって続けていたことが認められるところ、かかる事実関係に加え、前記前提事実・・・のとおり、本件福祉用具センターの指定管理者たる被告が、福祉用具の製造・製作業務を外部委託化することは本来想定されておらず、かつ、上記認定事実・・・のとおり、上記の18年間の間、原告は、本件福祉用具センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であったことからすれば、原告を機械技術者以外の職種に就かせることは被告も想定していなかったはずであるから、原告と被告との間には、被告が原告を福祉用具の製造・製作・技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったものと認めるのが相当である。

 この一審裁判所の判断は二審裁判所でも承認され、最高裁判所も、次のような判断を行いました。

(最高裁の判断)

「上告人は、平成13年3月、上記財団法人に、福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(以下、併せて『本件業務』という。)に係る技術職として雇用されて以降、上記技術職として勤務していた。上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(以下『本件合意』という。)があった。」

「被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下、この命令を『本件配転命令』という。)。」

「原審は、上記事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断し、本件損害賠償請求を棄却すべきものとした。」

「しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。」

「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。」

「そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

3.機械技術者の黙示的職種限定合意の成立肯定例

 上述のとおり、本件の裁判所は、18年間に渡り福祉用具の改造・製作、技術の開発などの業務に従事してきた機械技術者について、黙示的職種限定合意の成立を認めました。日産自動車村山工場事件の最高裁判決と対照すると、これは注目に値する判断です。法人内で「唯一の(機械)技術者」という立場にあったのかどうかで前提事実が異なりはするものの、冒頭で指摘した文献に書かれているとおり、従来、熟練工系の労働者で黙示的職種限定合意の成立が認めらることは少ないとされてきたからです。

 なお、最高裁判所では事実誤認が審理の対象とならないため(民事訴訟法312条参照)、本判決に対しては、一審・二審の事実認定に拘束されただけで、最高裁が黙示的職種限定合意の成立を認めたわけではないという評価もあり得るかも知れません。しかし、黙示的職種限定合意は事実というよりも一定の事実に対する法的評価に近く、法律審である最高裁判所が判断を是正しなかったことは、決して軽視されるべきではないだろうと思います。