1.職種限定合意
職種限定合意とは「労働契約において、労働者を一定の職種に限定して配置する(したがって、当該職種以外の職種には一切就かせない)旨の使用者と労働者との合意」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕290頁参照)。
昨日、職種限定合意が、配転の場面で使用者に認められている広範な裁量に対抗するための有効な道具であることに触れさせて頂きました。
しかし、職種限定合意は必ずしも万能ではありません。職種限定合意が認められたとしても、配転の効力を否定できないことがあります。このことについて、前掲『類型別 労働関係訴訟の実務』は東京地判平19.3.26労働判例941-33 東京海上日動火災保険事件を引用しながら、
「この裁判例によれば、他職種への配転を命ずることについて正当な理由があることを根拠付ける事実(①職種変更の必要性及びその程度が高度であること、②変更後の業務内容の相当性、③他職種への配転による不利益に対する代償措置又は労働条件の改善等)が職種限定合意に対する再々抗弁となり、正当性を障害する事実(㋐採用の経緯と当該職種の特殊性、専門性、㋑他職種への配転による利益及びその程度の大きさ等)が再々々抗弁となる」
と記述しています。
合意があっても、それを無視した命令に従うことを求められるというのは、法的思考に慣れた人間にとって、強烈な違和感があります。そのため、弁護士でも、職種限定合意を立証できれば、それだけで配転命令を阻止できると考えている人が珍しくありません。その見解は間違いとまではいえませんが、少なくとも定説といえるほど確固とした見解でないことは理解しておく必要があります。
実際、職種限定合意の不安定さは、昨日ご紹介した千葉地判令2.3.25労働判例1243-101 学校法人日通学園(大学准教授)事件からも窺い知ることができます。
2.学校法人日通学園(大学准教授)事件
本件で被告になったのは、流通経済大学を運営している学校法人です。
原告になったのは被告の准教授の地位に在職していた方です。自立神経機能不全症との診断を受けて休職した後、復職するにあたり、教育職員としてではなく、事務職員としての勤務を命じる辞令を受けました(本件職種変更命令)。
この事件では、大学准教授に対して本件職種変更命令を出すことが、黙示的な職種限定合意との関係で許容されないのではないかが問題になりました。
裁判所は、黙示的な職種限定合意の存在を認定したうえ、次のとおり判示し、本件職種変更命令の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「職種限定契約において、職種の変更につき労働者が同意していない場合であっても、職種を変更する高度の必要性がある等正当性を是認する特段の事情が認められる場合には、使用者は労働者の職種を変更することができる場合もあると考えられるが、後述のとおり、原告の休職事由は本件職種変更命令時点において消滅していたと認められ、他に原告の職種を変更することにつき正当性を是認する特段の事情について被告の主張立証はない。」
(中略)
「以上によれば、本件雇用契約は職種限定契約であり、原告が本件職種変更命令に明示又は黙示に同意したとは認められないから、本件職種変更命令は無効である。」
3.結局、本件職種変更命令は無効になっているが・・・
本件では、結局、職種限定合意の効力は揺らぐことなく、職種変更命令の効力が否定されています。
しかし、
「職種を変更する高度の必要性がある等正当性を是認する特段の事情が認められる場合には、使用者は労働者の職種を変更することができる場合もある」
と、職種限定合意を無視した命令に従わなければならない場合を明示的に認めている点は注目に値します。
職種限定合意、特に、黙示の職種限定合意が必ずしも万能でないことは、事件の見通しを正確に立てるにあたり、留意しておく必要があります。