弁護士 師子角允彬のブログ

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黙示的職種限定合意により、内分泌内科医の高血圧内科(分野)への配転を措置できるか?

1.黙示的職種限定合意

 医師など特殊な技能が必要となる専門職は、明示的な職種限定契約を締結していなかったとしても、黙示的な職種限定合意が成立し得ると理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕291頁参照)。

 ただ、黙示的な職種限定合意が成立し得るとはいっても、どの範囲で成立するのかは微妙な問題です。それが顕著に表れるのが、診療科や診療分野を異にする配転の場合です。このブログでも幾つかの事例を紹介してきましたが、

外科部長からがん治療サポートセンター長への配転について違法とした事例(広島高裁岡山支決平31.1.10判例タイムズ1459-41)、

循環器内科部長から健診部長への配転について適法とした事例(東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル114-1 日本赤十字社(成田赤十字病院)事件)

など、裁判所の判断も一定していません。

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 こうした状況の中、内分泌科医の高血圧内科への配転について、黙示的職種限定合意に反しないのかが問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.2.16労働経済判例速報2529-21 東京女子医科大学事件です。

2.東京女子医科大学事件

 本件で被告になったのは、東京女子医科大学や同大学病院を設置する学校法人(被告法人)と、その理事長(被告乙山)、常務理事(被告丙川)の三名です。

 原告になったのは、被告と労働契約を締結した医師の方です。

 原告は、

内分泌内科学講座の教授・講座主任から内科学口座高血圧学分野の教授・基幹分野長とする旨の配点命令(本件配転1)

高血圧・内分泌内科の診療部長から高血圧内科への診療部長とする旨の配転命令(本件配転2)

を受けました(本件各配点命令)。

 これに対し、原告の方は、本件各配転命令が黙示の職種限定合意に反し無効であるなどと主張し、各配転先で勤務する労働契約上の義務がないことの確認等を求めて被告らを提訴しました。

 本件では黙示の職種限定合意の成否が争点の一つになりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告の採用の経緯等に照らして職務限定合意の有無内容について検討すると、本件大学は、平成22年度に内科学(第二)講座の主任教授を公募するに当たり、同講座は高血圧症と内分泌疾患の両方を対象とすること、診療科も高血圧・内分泌内科とし、特に高血圧症において関連各科と連携する役割を期待することなどを説明し・・・、これに応募した原告が提出した履歴書及び業績目録でも、高血圧及び内分泌の双方に関わる資格、論文、著書等が掲げられていた・・・のであるから、原告は、被告法人において、高血圧と内分泌疾患の双方に専門的知見を有する医師として採用されたものであり、その職務内容としても、その当初、いずれも対象とすることが予定されていたというべきである。」

「もっとも、本件大学の講座や本件病院の診療科をどのように構成するかは被告法人の経営判断に関わる事項であり、平成27年改正前の本件教授会規程10条3項も、担当教授個人の意向にかかわらず、講座の改廃等があり得ることを当然の前提としている。そして、平成22年度の内科学(第二)講座主任教授の公募に際しても、同講座は、新たに高血圧症・内分泌疾患を担当領域とすることになった旨の説明がされ・・・、原告自身、就任あいさつで、今後は本態性高血圧の診療・研究にも新しくチャレンジすることになったなどと述べていた・・・のであるから、原告においても、将来再び、分野の再編等に伴って講座等の内容に一定の変動が生じ得ることは当然に想定していたというべきである。」

「そうすると、原告の職務の専門性から従前の職務と全く関連しない職務へと一方的に変更されないことは格別、従前の職務と密接に関連し、あるいはその一部となる職務についても、一切の変更や限定を許さない旨の職種限定合意があったなどとは認められない。このことは、原告が主張するように、本件大学において過去10年間に主任教授等を他の講座に移動させた例がないとしても、何ら左右されるものではない。

3.関連性がどれだけあるのか?

 以上のとおり、裁判所は、内分泌科医を高血圧分野、高血圧内科に配転することについて、黙示の職種限定合意には反しないと判示しました。

 この問題を考えるにあたっては、労働契約締結の経緯や配転前後の職の関連性やその程度が検討のポイントであることが分かります。同種事案を処理するにあたり、本件は先例として参考になります。