弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

合意退職・解雇の効力を争っているうちに労働者の就労を前提としない組織運営が定着したことを理由に配転できるのか?

1.退職の効力を争うための時間に起因する問題

 合意退職の効力を争うにしても、解雇の効力を争うにしても、訴訟で一定の判断を得るためにはかなりの時間がかかります。

 最高裁判所が令和3年7月10日に公表した

裁判の迅速化に係る検証結果の公表(第9回)

によると、労働関係訴訟の第一審平均審理期間は15.9月とされています。

裁判の迅速化に係る検証結果の公表(第9回)について | 裁判所

裁判の迅速化に係る検証に関する報告書~目次 | 裁判所

https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2021/09_houkoku_3_minji.pdf

 これだけの時間がかかるとなると、合意退職や解雇の効力が否定され、労働契約上の地位が確認されたとしても、係争中に労働者の就労を前提としない体制へと組織改編が行われてしまっていることがあります。

 こうした場合に、使用者は、復職した労働者に対し、自由に配転を命じることができるのでしょうか? ポストが消滅したことを理由に、左遷したり、未経験の業務に就かせたりすることが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.7.5労働判例ジャーナル133-40 メガカリオン事件です。

2.メガカリオン事件

 本件で被告になったのは、iPS細胞株から産生した血小板及び赤血球を用いた血液製剤の開発等を業務とする株式会社です。

 原告になったのは、再生医療科学分野で博士号(医学)を取得し、企業や大学の研究所で再生医療の研究等に従事した後、国立がん研究センター(厚生労働省所管の国立研究開発法人)において、ヒトiPS細胞の再生医療研究やヒトiPS細胞技術のがん治療及び創薬応用研究等に従事してきた方です。平成29年8月1日、被告との間で、京都開発センター長として研究業務の推進や京都開発拠点の組織マネジメントを仕事の内容とする期間の定めのない雇用契約を締結しました。

 しかし、平成30年1月16日、被告は京都開発センターの廃止を理由に原告に退職を勧奨し、同年4月30日付けで合意退職が成立したものとして扱いました。その後、予備的に解雇の意思表示も行ったところ、原告は、合意退職や解雇の効力を争い、労働契約上の地位の確認等を求める訴訟を提起し、勝訴判決を得ました(令和2年12月10日確定)。

 これを受け、被告は、原告に対し、

勤務場所を自宅その他自宅に準じる場所とし、

仕事の内容を競合同行調査、市場動向調査等

とすることを通知しました(本件配転命令)。

 原告は本件配転命令の効力を争いましたが、被告は、賃金支払の停止⇒月額固定求を1%減額する懲戒処分を経た後、配転命令に従わないことを理由に原告を解雇しました。

 これに対し、原告が本件配転命令は無効であると主張し、労働契約上の地位の確認などを求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、配転命令の効力を否定しました。結論としても、解雇は無効であるとし、地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「使用者による配転命令権も無制約に行使することができるものではなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合は、当該配転命令は使用者が権利を濫用したものとして無効となると解される(労働契約法3条5項、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。」

「これを本件配転命令についてみると、被告は、配置転換の必要性として、京都開発センターの廃止後、被告の研究部門では、原告の就労を前提としない組織運営が定着していることを主張するところ、京都開発センターの廃止といっても、同センターで行われていた事業自体は継続され、原告が京都開発センター長として担っていた本件業務を各事業部門の部門長らに分掌させたにすぎず・・・、原告の就労を前提としない組織運営が長期化したのは、被告が京都開発センターの廃止を理由に原告の退職を一方的に推し進めた結果、前訴判決により退職合意の存在及び解雇の効力を否定されたことによるものであって、当該事由は配置転換の必要性として正当なものとはいい難い。

「また、被告は、被告の前CTOの退任に伴いリサーチアナリストの業務を担う人材が必要であることを主張するが、被告の主張立証・・・によっても、従前は前CTOが取締役としての業務に従事しながら行っていたという当該業務を原告に専従させる具体的な必要性が明らかでない上、原告はリサーチアナリストの業務を行った経験がなく(原告本人、弁論の全趣旨)、その適性も未知数であって、配置転換の合理性を認めることも困難である。」

「以上に加え、被告が本件配転命令により就労を命じた業務は、(毎月30時間分の固定残業代を含むものとはいえ)月額117万円という高額な賃金を対価とするものであって、相当高度な専門性や成果が要求されるといえるところ、上記のとおり、原告はリサーチアナリストの業務を行った経験がなく、その適性も未知数である以上、かかる業務に従事する負担や適性不足を理由とする解雇・・・のリスクも看過できないものがあるから、本件配転命令は被告が使用者としての権利を濫用したものとして無効というべきである。」

3.配転の必要性は正当なものでなければならない

 上述のとおり、裁判所は、配転の必要が正当なものとはいいがたいことなどを理由に配転の効力を否定しました。

 配転の必要性に正当性という要件を付け加えたところに本件の特徴があります。本件には、ポストは消滅しても、業務自体が消滅したわけでなかったことも影響しているとは思います。それでも、係争中にポストを消滅させたうえで、地位確認で敗訴すると、本人の未経験・不得手な業務に配転し、改めて退職を促すといった手法が、配転の必要性を根拠付けないと判断された意義は、大きいように思います。

 地位確認請求訴訟で勝訴判決を受けたとしても、長期間仕事から離れた後、業務に戻ろうすると、勤務先との間で摩擦を生じることが少なくありません。本裁判例は、復職後に行われている嫌がらせ的な意図を持った配転に対抗するためのツールとして活用することが期待されます。