1.外科医師に対する配置転換命令
外科医師に対する配置転換命令が、職種限定合意が成立していたことを理由に、無効とされた例が公刊物に掲載されていました(広島高裁岡山支決平31.1.10判例タイムズ1459-41)。
配置転換命令の効力を争う事件は、労働者側にとって勝ちにくい訴訟類型の一つです。本件でも一審では、配置転換命令は、適法・有効と判断されていました。
しかし、高裁では職種限定合意の成立を理由に、外科医師を「がん治療サポートセンター長」に任命する旨の配置転換命令が違法・無効とされました。
2.黙示的な職種限定合意
一審は、職務内容を外科医師に限定する職種限定合意の成立を認めなかった理由として、
①「労働契約において、・・・職種を限定した明示的な合意」がなかったこと、
②「就業規則において、業務上の都合により必要がある場合には、兼務を命じることがあるとされており、・・・実際にも、医師が自らの専門とする診療科以外の職務を兼務することがあったこと」
を指摘しています。
しかし、高裁は、
①「技能・技術・資格を維持するために、外科医師としての臨床に従事することは必要不可欠であり、その意に反して外科医師としての臨床に従事しないという労務の形態は、およそ想定ができないものである。相手方においても、抗告人の外科医師としての極めて専門的で高度の技能・技術・資格を踏まえて雇用したことは明らかであり、抗告人の意に反して外科医師として就労させない勤務の形態を予定して、抗告人を雇用したとは認められない。」
②「兼務を命じることが可能であ・・・るとしても、医師の同意なく、専門とする診療科での診察を禁止することは、医師としての高度の技能・技術・資格を一方的に奪うことになるから、当事者間いおいて、相手方にそのような配転命令を許容する内容の合意が成立しているとは認められない。」
として、
「本件では、黙示の職種限定合意の成立を認めるのが相当である」
と判示しました。
外科医師という職業上の特性から使用者の配置転換命令権の行使に一定の歯止めをかけたもので、本件は一審の形式的な判断を高裁が適切に是正した事案だと思います。
3.そもそも、なぜ、病院は外科医師に専門外のポストをあてがったのか?
しかし、そもそも、なぜ、病院は外科医師に専門外のポストをあてがったのでしょうか。専門職に専門外の仕事をさせることは、凡そ適材適所とは掛け離れた人事であるようにしか見えません。
この点について、外科医師の側は、一審段階から、
「債務者(病院 括弧内筆者)が債権者(外科医師 括弧内筆者)に対し、本件配転命令及び本件診療禁止命令をしたのは、債権者がA理事長による退職勧奨を2階にわたり断ったことと時期的に近接している。A理事長としては、旧第二外科の医局長であったP1教授にまで根回ししたり、B事務局長を介して秘密裡に債権者と接触したりして、債権者に債務者を退職させ、H1病院に就職させようとしたにもかかわらず、債権者がこれを断ったことでメンツをつぶされたと感じたと考えられる。その後、・・・債務者は、債権者がD1医師にパワハラをしたとして、本件配転命令及び本件診療禁止命令をした」
と面子を潰されたことを理由とする報復人事だという主張をしていました。
一審はこれを否定しましたが、高裁は、
「相手方が本件で異動の理由としている抗告人(外科医師 括弧内筆者)のパワハラ等の言動は、本件配置転換命令を後から正当化するために主張しているものと推認するのが合理的である。」
「同センターの設立の目的は、抗告人に外科における診療をさせないための名目的なポストとすることを主な目的とするものと推認するのが合理的である。」
と配置転換命令の動機・目的に疑義があることを認定しました。
4.配置転換は嫌がらせの温床になりやすい
配置転換には使用者側に広範な裁量権が認められています。滅多なことでは違法・無効にならないため、嫌がらせの温床になりやすい側面があります。
本件でも、専門職に対し、キャリアを断絶させるという嫌がらせをするにあたっての隠れ蓑として利用された節があります。
5.ハラスメント対応に名を借りた嫌がらせも許されない
また、近時、使用者側がハラスメント対応を濫用的な配置転換命令の隠れ蓑にする例も散見されるようになっています。
本件の配置転換命令も表向きの理由としては、外科医師のパワハラ的な言動が挙げられていました。
ハラスメント対応と言われると、一瞬「なら、仕方ないのかな。」と思いそうになります。これと滅多なことでは違法・無効にならない配置転換命令が結びついたことが、一審の裁判官が病院側の主張に引きずられて判断を誤った原因ではないかと思います。
6.高裁が踏み込んだ判示をしたのは、配置転換やハラスメント対応に名を借りた嫌がらせを許さないとする意思表示ではないか
本件は黙示的な職種限定合意の成立が認められた時点で勝負はついていました。理論的には、高裁は配置転換命令の権利濫用性に踏み込む必要はありませんでした。
それでも高裁が配置転換命令の権利濫用性を判断したのは、事案を深く考察することなく配置転換命令の有効性を承認しがちな風潮や、ハラスメント対応に名を借りた嫌がらせに対し、警鐘を鳴らす趣旨ではないだろうかと思います。