1.退職後の競業(競業避止の合意を結んでいなかった場合)
共同経営者として働いていた人が、退職後に競業することの適否が争われた事案が公刊物に掲載されていました(東京地裁平29.5.17判例タイムズ1459-172)。
本件では原告となった人の労働者性も争点になりましたが、会社との契約は労働契約ではなく共同経営の合意であったと認定されています。
原告となった方は、被告会社が経営する洋服の縫製・修理等を行う店舗(本件店舗)で、縫製・修理業務から接客まで業務をほとんど一人で行っていました。
退職後、原告は
「『寸法直しD』準備中と題するブログ記事をインターネットに掲載し、・・・本件店舗から3件隣のビル(約20メートル離れている)に洋裁店である『寸法直しD』(以下『本件新店舗』という。)をオープンすることを告知し・・・本件新店舗を1人で経営」
しています。
これが違法な顧客奪取行為として被告に対する不法行為を構成するかが争点となりました。本件は競業避止の合意を交わしていなかった事案であり、どこまで何をやったら自由競争を逸脱するような態様といえるのかが争われた点に特徴があります。
2.裁判では原告のどのような行為が問題視されたのか?
裁判で問題視された行為は、
①(顧客であった)「E洋品店の受注を独占している点」
②「本件店舗の顧客に電話を掛けている点」
③「本件新店舗のある建物の1階部分に自身の顔写真を掲載するなどしている点」
でした。
3.裁判所の判断
裁判所は、
①「E洋品店の判断で、本件店舗の予約を取りやめ、自己の店舗の2階部分で洋裁店を営む原告に優先的に制服のお直しの予約を依頼することも十分考えられる」
②「原告が本件店舗の顧客であった者に電話を掛けていたことが窺われるが、被告との取引を止めるよう執拗に勧めていたとか、被告について何か虚偽の事実を告げていた等の事情は認められない」
③「かつて原告にオーダーメードの縫製を依頼していた顧客に対し、自分の写真を掲載して本件新店舗にいる原告を探して下さいとの営業活動をしたとしても、原告が有している洋裁の技術を信頼する顧客に対する営業活動として許される範囲内のものというべきであり、被告の信用を貶めたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったと認めることはできない。」
「本件新店舗は、平成27年3月7日に開店しているが、本件店舗が再開したのは、同年7月であり、およそ5か月間閉店していたのであって、本件新店舗が開店した時点で、本件店舗がいつから再開されるのかは決まっていなかった。このような状況下で、原告が、本件店舗は閉店したとの認識の下、かつての顧客に迷惑を掛けないように、本件新店舗の案内を行ったことが不当な営業活動であるということはできない。」
「特に、原告は、本件店舗に在籍していた当時、接客・縫製の他,店舗の掃除、電話対応などの店頭業務を全て1人で担当していた者であり、平成26年8月以前は、被告らとの共同経営者という立場にあって、もっぱら原告の洋裁技術や営業活動によって本件店舗の顧客が培われたことも考慮すれば、原告が本件新店舗の経営に伴い、上記のような営業活動を行ったとしても、社会社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできない。」
と述べ、原告の行為にで違法性はないと判断しました。
4.退職後の競業でやっていい行為、やってはいけない行為
退職後にそれまでの知識・経験を活かして競業してよいかということについて、相談を受けることがあります。
競業避止の合意をしていなければ基本的に自由ではあるのですが、それでも「自由競争を逸脱するような態様」で競業するのはダメだとされています。
本件でも「自由競争を逸脱するような態様」であるかが問題とされています。
しかし、「自由競争を逸脱するような態様」と言われても、それだけでは基準として不明確すぎてよく分かりません。
この裁判例は、どこまでならやってもよくて、どこまでならやったらダメなのかを知る手がかりになります。
具体的には、
ア.顧客の側からの依頼を断らない分は問題なさそう、
イ.電話での取引要請は良いが、旧勤務先の信用を毀損するだとか、虚偽の事実を告げるだとかいったネガティブキャンペーンはダメ、
ウ.ネット上に自分の写真を掲載して営業することは問題なさそう、
エ.旧勤務先に旧顧客への対応能力がない場合に、旧顧客への迷惑を防止する趣旨で案内を出すのは許容されそう、
オ.旧勤務先の顧客が培われたことへの貢献度が高いほど、旧顧客への営業活動は許容されやすい、
との定式が導かれるのではないかと思います。
競業は揉め易い問題の一つです。
退職して独立開業するにあたっては、紛争を予防する趣旨で、やろうとしていることを予め弁護士に相談してみても良いだろうと思います。