1.クレーム対応による負荷が一因となって、心停止により死亡した例
公刊物に
「ルート営業に従事していた労働者が心停止(心臓性突然死)により死亡したことについて業務起因性が認められた事例」
の判決文が掲載されていました(福岡高宮崎支判平29.8.23判例タイムズ1457-63)。
亡くなった方は、
「菓子等の卸売業、レストランや売店の経営等を業とする株式会社」
に勤務していました。
亡くなった方が担当していたのは、
「ルート営業」
と呼ばれる仕事でした。
「ルート営業」の業務内容は、概ね次のとおりとされています。
「始業前に行われていた清掃が終わると、午前9時頃から全体朝礼が行われ、その後営業部内でミーティングが行われる。ミーティング終了後は、取引先からの発注にしたがって商品部担当者が準備した商品を、自分の使用車両に積み込み、ルートにしたがって取引先に納品する。」
「帰社後は、伝票の整理、業務日報・・・や運転日誌・・・の作成、翌日の準備等を行う。」
ご遺族の方が労災保険法に基づいて遺族補償給付等を求めたところ、不支給処分がされたため、これを争ったのが本件です。
亡くなった方は、死亡9日前からクレーム対応を行っていました。
問題となったクレームは、
「本件会社が、D都城店に卸していた鶏の炭火焼真空パック(『MIYAZAKI 鶏炭火焼150g』・・・から・・・異臭がする」
という内容のもので、
「真空パックの不具合により、中の鶏の炭火焼きが腐敗したこと」
が原因でした。
これは、
「顧客が本件商品を口に入れた際に異臭に気付いたことから発覚したもの」
でした。
裁判では、クレーム対応が死亡結果の原因になり得るような過重な精神的負荷をもたらすものであったかが、争点の一つになりました。
2.クレーム対応には相当な精神的負荷を伴う
会社関係者は、本件クレーム対応による精神的な負荷は大きくなかったはずであると述べました。
しかし、一審も控訴審も、本件クレーム対応による精神的な負荷は大きかったと判示しました。
一審は、
「本件クレームが発生し、亡Bは、取引先に対して本件商品の店頭回収を促すなどの対応を行っていた。とりわけ亡Bは、大口の取引先であるDの担当とされていたことや、通常業務に加えて本件クレームへの対応を余儀なくされていたこと等を踏まえると、このような業務は相当な精神的負荷を伴う業務であったと評価できる。」
「本件クレームの原因となった事故は、食品の腐敗によって健康被害やこれに伴う信頼の失墜及び取引停止を招くおそれもあった重大なものであって、実際に商品の自主回収にまで至っており、取引再開まで3か月程度を要している。さらに、G本部長自身も,クレームの頻度としても2年に1回程度であるなどと証言していること・・・を踏まえると、本件クレームに伴う負荷を軽視することはできない。」
と判示しました。
二審は、
「本件クレーム対応に係る事故は、結果的には健康被害は生じなかったものの、本件会社が取り扱った商品(食品)が腐敗していたというものであって、B九州において商品の販売中止を余儀なくされ、同社や本件会社の信頼を失墜させるという重大なものであったこと、本件クレーム対応に係る事故の直接の原因は、本件商品を製造したGの製造上の過誤にあったとしても、これを仕入れてB九州に販売した本件会社が契約当事者としての責任を免れ得るものではなく、このような商品を仕入れて販売したことを理由に本件会社がB九州から取引を停止される事態も通常想定されないではないこと、B九州は、本件会社の大口の取引先であったこと、亡Aは、B九州との商談の担当者であって、本件クレームに係るB九州の直接の契約相手方の担当者として対応させられたことからすれば、通常業務に加えた本件クレーム対応は、相当な精神的負荷を伴う業務であったと考えら」
れると判示しました(なお、判例データベースからカットアンドペーストした関係で、アルファベットは一審判決の引用と対応していません)。
3.クレーム対応を担当させる従業員には適切なフォローが必要
本件ではクレーム対応以外にも、県外出張が強度の精神的、身体的負荷になったことなどが指摘されています。
しかし、二審で、
「本件発症当日に行われた出張は、大口の取引先で本件クレームに係る商品を販売した相手方のB九州本部における本件クレーム対応を含むものであったというのであるから、・・・本件発症前の1週間に行われた上記3回の出張が亡Aにとって強度の精神的、身体的負荷となったことは明らかというべき」
と指摘されているとおり、出張による精神的・身体的負荷もクレーム対応とは無関係だとはされていません。
弁護士業務の中では、人の代わりに謝る場面も、ままあります。クレーム対応に結構な負荷がかかってくるというのは、割と現実味を持って想像できます。
重たいクレームを処理するにあたっては、愚痴を言い合えるように、複数の人員を割り当てるなどの工夫が図られても良いかも知れないなと思います。