弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

特定の従業員等に対して不名誉な退職理由を告げたことが名誉毀損に該当するとされた例

1.退職をめぐるトラブル(不名誉な退職事由の流布)

 退職にあたり、使用者と労働者との関係が険悪になることは少なくありません。

 このような場合に、使用者が、残っている従業員に対し、去っていく労働者の悪口を言うことがあります。

 それでは、こうした行為を名誉毀損として捕捉することはできないのでしょうか?

 懲戒事由がないにもかかわらず、懲戒解雇されたとして公示されたような場合には、それほどの迷いはありません。明らかな名誉毀損といえます。

 しかし、使用者が特定の従業員に対し、

「(退職労働者は)問題行為に及んだため、解雇したのだ」

などと伝えることが名誉毀損(不法行為)といえるのかは、それほど簡単に結論が出る問題ではありません。

 その理由は、名誉毀損の成立にあたり「公然性」が必要だと理解されていることによります。例えば、佃克彦『名誉毀損の法律実務』〔弘文堂、第3版、平29〕93頁には、

「民事法上の名誉毀損では『公然』性は要件とはされていないが、・・・『社会』の評価が低下しなければ名誉毀損とはいえないので、結果的には『公然』性が要件とされているのと事実上ほぼ同じになる。

と記述されています。

 このような問題状況の中、近時公刊された判例集に、特定の従業員に対してLINEで不名誉な退職事由を告げたことが、名誉毀損(不法行為)に該当すると判示された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.7.22労働判例ジャーナル153-40 プラウドワーク事件です。

2.プラウドワーク事件

 本件で被告になったのは、介護保険法に基づく指定居宅サービス事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、令和元年7月9日に被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、訪問介護員として働いていた方です。

 被告を退職した後、

未払割増賃金(時間外勤務手当等、いわゆる残業代)、

年次有給休暇を取得したことによる賃金、

不当に解雇され、健康保険の資格を喪失された上に、被告代表者から誹謗中傷されて名誉を毀損されたことを理由とする損害賠償金(慰謝料)

等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 名誉毀損を理由とする慰謝料請求との関係での原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「被告代表者(B)は、被告の従業員や原告が担当していた業務対象者に対し、D(原告の夫 括弧内筆者)がBの携帯電話を盗んだことを理由に解雇した旨の虚偽の事実を告げて、原告を誹謗中傷し、その後、原告訴訟代理人が原告及びDを誹謗中傷しないよう申し入れたにもかかわらず、原告に対して本件書面を送付し、原告を誹謗中傷し、原告の両親に対して本件書面と同内容の書面を送付し、原告の名誉を棄損し、名誉感情を侵害した。」

「Bの上記行為は、不法行為に当たり、被告の職務を行うについてされたものであるから、被告は会社法350条に基づく損害賠償責任を負う。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、名誉毀損(不法行為)の成立を認めました。

(裁判所の判断)

前提事実(6)アによると、Bは、令和4年4月2日、被告の他の従業員に対し、DがBの携帯電話を盗んだこと、これを理由にDを解雇して原告にも辞めてもらう意向であることを告知したことが認められる。DがBの携帯電話を盗んだことについて、その当時のみならず現在まで十分な根拠が示されていないから、Bの上記行為は、Dのみならず原告の名誉をも棄損する行為であり、不法行為に当たるというべきである。

「次に、前提事実(6)キによると、Bは、同年9月1日頃、原告に対して本件書面を送付し、原告の両親に対しても同内容の書面を送付したことが認められる。本件書面の内容は、原告の就労状況を誹謗中傷し、原告の名誉感情を害するものであるから、原告に対する不法行為に当たるというべきである。」

「Bの上記の各不法行為は、その内容に照らすと、単に親族間の紛争ではなく、被告の職務としてなされたものということができるから、被告は会社法350条の責任を免れない。」

(中略)

「本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の慰謝料は10万円、弁護士費用は1万円が相当である。」

3.特定人に伝える行為でも不法行為の成立が認められた

 裁判所の判断で指摘されている「前提事実(6)ア」は次の事実です。

・前提事実(6)ア

「Bは、4月2日、原告に対し、原告の夫であるD(以下『D』という。)が4月1日にBの父であるE(以下『E』という。)の訪問介護に従事した際、Bの携帯電話を盗んだので警察に届け出る旨をLINEで通知した・・・。」

Bは、4月2日、被告の従業員Fに対し、DがBの携帯電話を盗んでおり、Dを『首』にする、原告にも辞めてもらおうと思っており、縁を切る旨をLINEで通知した・・・。

「また、Bは、4月6日、原告に対し、原告及びDによるEへの訪問介護を断るので、E宅に来ないでほしい旨をLINEで通知した・・・。」

 目を引かれたのは、名誉毀損との関係で認定されているのは、この事実だけだということです。

 本件は不名誉な退職理由が公示されたわけでも、朝礼等で全従業員に通知されたわけでもありません。認定されているのは、特定の従業員Fに対して、LINEで通知したことだけです。また、Fから不特定多数人に対して伝播する可能性があったことが認定されているわけでもありません。それでも、裁判所は、名誉毀損(判決文中の名誉『棄損』との標記に特段の意味はないと思います)の成立を認めました。

 これは興味深い判断です。この理屈が通じるのであれば、使用者が特定の従業員に対して退職者の悪口を言う行為も不法行為として捕捉できる可能性があります。

 本裁判例は、公然性に疑義のある事案で損害賠償を請求するにあたり、活用できる可能性があり、実務上参考になります。