1.就労請求権
使用者に労働することを請求する権利を、就労請求権といいます。
代表的な裁判例は、
①労働契約等に就労請求権についての特別の定めがある場合、
または
②労務の提供について労働者が特別の合理的な利益を有する場合、
を除き、一般的に労働者は就労請求権を有するものではないとの考え方を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕249頁参照)。
つまり、原則的には否定されるものの、例外的には肯定される場合があるということです(上記①、②の場合)。
就労請求権の存否は、しばしば裁判所でも争いの対象になります。これまで就労請求権が認められた職種としては、大学教員、調理人、医師などがあります(上記『詳解 労働法』249-250頁参照)。
近時公刊された判例集に、医師の就労請求権に一例を加える裁判例が掲載されていました。一昨々日、一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地決令4.11.10労働判例1283-27 地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件です。この裁判例は、就労請求権を被保全権利として、特徴的な主文で仮処分が発令されている点にも特徴があります。
2.地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件
本件は労働仮処分事件です。
債務者になったのは、東大阪市が設立した地方独立行政法人です。二次救急医療機関である東大阪医療センターとともに、指定管理者として東大阪医療センターに隣接する中河内センターを運営していました。
債権者になったのは、外科専門医及び救急科専門医に認定された医師の方です。中河内センターで部長として勤務していました。令和4年3月18日、同年4月1日から東大阪医療センター救急科に異動させる旨の配転命令(本件配転命令)を受け、その無効を主張し、東大阪医療センターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことや、中河内センターにおける就労を妨害しないことを求める仮処分を申立てたのが本件です。
本件では、
職場・職種限定の合意が認められるのか否か、
本件配転命令が権利濫用ではないのか、
就労請求権及び保全の必要性を肯定すべき特段の事情が認められるか、
が争点になりました。
裁判所は、
職場・職種限定の合意
本件配転命令の権利濫用性、
就労請求権及び保全の必要性、
のいずれも肯定し、次のような主文の仮処分を発令しました。
(第1項)
「債権者が、地方独立行政法人市立東大阪医療センターにおいて勤務する労働契約上の義務のないことを仮に定める。」
(第2項)
「債務者は、債権者が大阪府立中河内救命救急センターに立ち入り、外傷・救急外科医として就労するのを妨害してはならない。」
第2項のような主文は通常の配転の効力を争う事件では見られない独特のものですが、この主文を導くため、裁判所は、次のような判断を示しました。
(裁判所の判断)
「雇用契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負い、使用者は提供された労務に対する対価としての賃金を支払う義務を負うのがその最も基本的な法律関係である。そうすると、当該雇用契約等に特別の定めがある場合、又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有するなどの特段の事情がある場合を除いて、労働者が使用者に対し就労請求権を有するものではない。」
「また、上記で述べたところに加え、債権者が求める仮処分の内容はいずれも任意の履行に期待する仮処分であることなどからすれば、保全の必要性が肯定されるのは、仮処分を命じなければ、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けることができない特段の事情が認められる場合に限られることとなる。」
「既に前記・・・で説示した本件特有の事情、とりわけ、債権者のこれまでの経歴やDセンターにおいて再度勤務するに至った経緯、二次救急と三次救急の違いから生じる、債権者がDセンターではなくY1医療センターでの勤務を余儀なくされた場合の不利益等に鑑みれば、債権者は、Dセンターにおける労務の提供について特別の合理的な利益を有するものといえる。そして、債権者が、医師としての技能、技術を維持あるいは向上させつつ適切な医療行為を行っていくためには、看護師らを始めとする関係職種との連携が必要不可欠であるというべきところ、債権者の就労先を明確にしておかなければ、関係職種を含む医療の現場における不安や困惑を招来しかねず、ひいては十分な連携が図られないことが強く懸念される。」
「そうすると、債権者が有する医師としての技能、技術の著しい低下という、本案判決を待っていては回復し難い損害を回避するためには、債権者について、現在配置されているY1医療センターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことを仮に定めるとともに、Dセンターにおいて就労することへの妨害を禁じることにより、債権者の就労先が三次救急たるDセンターであることを明確にした上で、Dセンターでの就労の機会を確保することが是非とも必要というべきであり、本件においては、通常においては認め難い前記特段の事情があるものとして、保全の必要性も認められる。」
3.就労請求の主文例
このブログを通じて相談の申込みをして頂く方の中には、大学教員や医師をはじめ、専門職の方が多く含まれています。その関係もあって、就労請求権の存否や内容を議論する事件を扱うことが多いのですが、本件は就労請求権や保全の必要性の論証というだけではなく、就労を請求するにあたりどのような請求の趣旨/申立の趣旨を掲げればよいのかという点でも参考になります。