弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医局から派遣されてきた医療センター長が気持ちよく働ける職場環境を整えることは医師を配転する理由になるか?

1.医師に対する配転命令

 医師独特の労働慣行の一つに「医局」があります。

 医局とは、

「大学医学部や歯学部の附属病院における診療科ごとの、教授を頂点とした人事組織のこと」

をいいます。

「医局では臨床や研究、教育、医局員に対する学位取得に関する指導などが行われますが、医局の構成員を関連病院等へ紹介・派遣することも重要な機能

であるとされてます。

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 従前よりも影響力が低下してきているようには思われますが、医師の紹介・派遣を通じて医療機関が医療機関に対し及ぼしている影響力は強く、医局に対する医療機関の顔色の窺い方は、業界外にいる人にとって不思議に感じられることも少なくありません。

 近時公刊された判例集にも、医局から派遣されてきた医療センター長が気持ちよく働ける必要性があったなどとして、三次救急医療機関(重度外傷、脳卒中、多臓器不全、中毒、熱傷、各種ショック等の二次救急では対応不可能な全身状態が不安定な重篤患者や特殊疾病患者への高度な処置や手術を行う医療機関)で外傷・救急外科医として働いていた方を、二次医療機関(全身状態が安定している患者等への救急医療を行う医療機関)に配転しようとした事案がありました。昨日もご紹介した、大阪地決令4.11.10労働判例1283-27 地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件です。

2.地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件

 本件は労働仮処分事件です。

 債務者になったのは、東大阪市が設立した地方独立行政法人です。二次救急医療機関である東大阪医療センターとともに、指定管理者として東大阪医療センターに隣接する中河内センターを運営していました。

 債権者になったのは、外科専門医及び救急科専門医に認定された医師の方です。中河内センターで部長として勤務していました。令和4年3月18日、同年4月1日から東大阪医療センター救急科に異動させる旨の配転命令(本件配転命令)を受け、その無効を主張し、東大阪医療センターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことや、中河内センターにおける就労を妨害しないことを求める仮処分を申立てたのが本件です。

 本件では、

職場・職種限定の合意が認められるのか否か、

本件配転命令が権利濫用ではないのか、

就労請求権及び保全の必要性を肯定すべき特段の事情が認められるか、

が争点になりました。

 裁判所は、職種限定契約を認め、本件配転命令を無効であるとしましたが、傍論的に配転命令権の濫用の有無についても判断を示しました。その中で、次のとおり判示し、本件配転命令の業務上の必要性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件配転命令は無効であるが、本件の事案に鑑み、債権者の勤務場所・勤務内容を限定する合意が成立したとまで認められない場合において、本件配転命令が権利濫用に当たり無効であるかについて、以下検討する。なお、前記・・・で指摘した各事情によれば、少なくとも債権者がDセンター(中河内センター 括弧内筆者)に割愛されるに当たっては、Dセンターで外科医・救急科医として勤務することが想定されており、債権者もそのような前提で割愛に応じたと認められることからすれば、債権者がDセンターで外科医・救急科医として勤務できるとの期待は十分保護に値するというべきである。そうだとすれば、本件配転命令の権利濫用該当性を判断するに当たっては、上記期待の存在を十分考慮することが必要である

「(1)判断枠組み」

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、使用者の配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することが許されないことはいうまでもないところ、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存在する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・集民148号281頁)。」

「(2)業務上の必要性」

「債務者は、中長期経営計画に基づきDセンターとY1医療センターの連携を図ることや、診療報酬改定による増収を図るなどの目的を達成するために本件配転命令を発したと主張する。」

「しかしながら、本件全疎明資料によっても、本件配転命令と債務者が主張する上記目的との関連性は判然としないといわざるを得ない。」

「また、債務者は、本件配転命令を発令した理由について、債権者がF所長らに対して不適切な言動をし、その結果、F所長やH医師が退職せざる得なくなるなど職場環境が悪化したとして、債権者をDセンターから異動させなければ、Dセンターの職場環境が著しく乱される状況にあったとも主張する。」

「確かに、債権者の言動に関しては、職業財団によりヒアリング調査が2件実施されていること(・・・ただし、B看護師に関する調査申出は調査実施前に取り下げられており、これを合わせれば3件である。・・・)、また、H医師も、Lに対し、債権者の存在が勤務継続の妨げになっていることをうかがわせる趣旨のメールを送信していること・・・などからすれば、債権者において、共に勤務する者らに対する敬意や配慮に欠けるなどの問題点があったことがうかがわれ、これらの問題点を改善する必要があったこと自体は否定し難い。」

「もっとも、債権者は、職業財団のヒアリング調査において、A看護師が訴えた発言をした事実を否定しており、同調査結果においても、A看護師が訴えた債権者の言動が実際にあったとまで認定されてはおらず、むしろコミュニケーションの問題であることが指摘されている・・・。また、C看護師は、ヒアリング調査において、債権者の言動に問題がある旨を指摘しつつも、債権者の医師としての資質等を評価しており、債権者がDセンターにとって必要な医師であるとも述べている・・・。さらに、H医師の件についても、同医師は、内部告発されたカルテ上の病名変更等について、F所長の指示で行ったにもかかわらず、F所長が自らの指示を隠ぺいすることを企図してか打合せを何度も求めてくることを負担に感じ、相当気に病んでいたことがうかがわれること(・・・、H医師作成とされる報告書・・・によっても、債権者のH医師に対する発言は一応の礼節を保ったものであって、H医師に対する非難や詰問等はないと認められること、Dセンター所属の医師数が慢性的に不足する状態であったこと・・・などからすると、部長として、遅刻早退が続くH医師の勤務状況等を心配しての忠告であるとの解釈もできないものではないことなどからすると、H医師がパニック障害等の診断を受け、休職・退職に至った原因は、F所長がカルテ等への虚偽記載という不適切な行為に及んだ責任を自身に押し付けようとしているものと不安に感じ、これを思い悩んでいたことにもある可能性があって、債権者の言動がその主たる原因であると直ちに断じることはできない。」

「債権者は、過去に複数回、数年間にわたってDセンターで勤務しており、債務者も債権者の人となりについては十分に認識していたはずであるところ、債務者が、債権者を割愛採用により再び雇用してDセンターで勤務させていること、債務者は、本件配転命令に至るまでの間、債権者に対し、ハラスメント等を理由とする処分はおろか、注意指導を全く行っておらず、その勤務態度等を是正する措置を講じた形跡がないことなどからすると、債権者の言動に問題があったのだとしても、その問題性は必ずしも大きいものとはいえず、他の職員らとの関係の悪化の原因が主として債権者の不適切な言動にあるとも認めることはできず、ほかにこの判断を左右するに足りる的確な疎明資料はない。」

「以上に加え、・・・の嘆願書のほか、現在もDセンターにて勤務している複数の医師や職員らが、債権者がDセンターに復帰することを強く要望する旨の陳述書・・・や要請書・・・を作成していること、元々医師数が不足していたDセンターにおいては、令和4年3月31日付けで医師1名が退職するとともに、本件配転命令により債権者が異動したことによって医師の人員不足に拍車がかかったことから、Dセンターで勤務する医師をホームページで募集したり、当直料を大幅に増額したうえで当直勤務の求人を行ったり、手術応援医師の派遣等の依頼をしたりしたほか(・・・)、債権者がDセンターにおいて担当していた腹部外科領域について、Y1医療センターの消化器外科の医師によってDセンターを応援する体制を組む(甲32)などの対応を採らざるを得ない状況に陥っており、債権者をY1医療センターに異動させることにより、Dセンターの医師不足等が深刻化し、かえって職場環境が悪化しているおそれすらあることにも照らすと、前記のとおり、基本的にDセンターで外科医・救急科医として勤務することが想定されており、そのような期待を有していた債権者を、その意に反してDセンターからY1医療センターに異動させることを肯認し得るような業務上の必要性があると認めることはできない。」

「さらに、債務者は、本件配転命令を発令した理由として、P大学医局の関係者から、F所長が気持ち良く働ける職揚環境を整えなければ、今後医師の派遣を行うことはできないと通告されており、債権者をDセンターから異動させなければ、Dセンターに代々の所長を派遣していたP大学医局との関係性の維持が困難な状況であったと主張するが、そもそもF所長については、令和4年3月31日をもって債務者を退職しており・・・、同人が気持ち良く働ける職場環境というのも観念できない状況になっている。また、病院に医師を派遣する大学医局との関係性が重要であることは首肯し得るところであるが、F所長との対立状況について、本件全疎明資料を検討しても、債権者の責めに帰すべき事情によって上記の状況となったとは認められない。したがって、債務者の主張するP大学医局との関係をもってしても、Dセンターでの勤務について保護すべき期待を有する債権者をY1医療センターに異動させる業務上の必要性たりえないというべきである。

「以上によれば、債権者に対して本件配転命令を行う業務上の必要性があったとは認め難い。」

3.期待保護/配転の必要性が幾ら緩やかだったとしても、限度がある

 本件では二つの点が特徴的です。

 一つ目は、「債権者がDセンターで外科医・救急科医として勤務できるとの期待は十分保護に値するというべきである」と述べ、勤務に向けられた期待を配転命令権濫用の判断にあたり参考にしている点です。これは地域・職種限定契約が認められない場合であったとしても、期待権を理由に配転命令権に係る権利濫用性を通常よりも厳格に運用することを求めることができる可能性があります。

 二つ目あ、配転の必要性が否定されていることです。

 東亜ペイント事件は、配転命令権に濫用が認められるか否かを判断するにあたり、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

などとし、配転の必要性をかなり緩やかに理解しています。

 そのため、配転命令の可否を争うにしても、業務上の必要性が否定される裁判例は、それほどあるわけではありません。それでも業務用の必要性が認められた点にも特徴があります。

 こうした裁判例を見ると、医局との関係で個人が不利益を強いられる時代も、少しずつ終焉を迎えようとしているのではないかという気がしてきます。